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東南アジア事業におけるシンガポールの位置付けの変化(前半)
サマリー
本記事では、2024年11月5日に行われたGlobal Gateway Advisors Pte. Ltd.との共同開催セミナー「New Expats Meet Up|ASEAN新任駐在員の会」の内容をご紹介しております。後半はこちらから。
絶対押さえておくべきシンガポールの概要
2024年新政権がスタートし、日系企業や駐在員にも影響を及ぼす新たな雇用関連法や規制の改正が発表された。これにより、企業側には柔軟かつ迅速な対応が求められている。本内容では、シンガポールが目指す公平で柔軟な労働環境の実現に向けた取り組み、新たに制定されたガイドラインや雇用関連の法案など、シンガポールで働く上で押さえておくべき最新の動向や重要なポイントについて解説する。
シンガポール2024年の主要な出来事
総選挙の見通し:当初2024年中に予定されていた総選挙は、2025年初頭に開催される見込みとなった。
GST(消費税)の増税:2024年1月からGSTが9%に引き上げられた。
法人税控除:法人税額の50%を控除し、現金還付を行う制度が導入された。
オンラインセーフティの強化:2024年第2四半期から、オンライン上の安全性向上のため、大手SNSプラットフォームにIMDAへの年次報告が義務化されることとなった。
DPO(Data Protection Officer)の登録義務化:2024年9月末までに、全シンガポール法人がDPOをACRAに登録が義務付けられた。
雇用関連法・規制の改正:柔軟な働き方や公平な雇用環境推進を目的とした、フレックス勤務リクエストに関するガイドラインの施行や職場公平法の改正が発表された。
育児休暇新制度の発表:2025年4月1日から、父親向け法定育児休暇が2週間から4週間に拡充され、新たにShared Parental Leaveも導入される。
就労ビザ(EP)最低給与の引き上げ:2025年1月から最低給与基準が引き上げられ、2026年1月以降は更新時にも新基準が適用される。
統計データから見るシンガポール
2023年の統計データを基に、シンガポールの経済と生活環境を読み解いてみる。物価の上昇が続く一方で、GDP成長率は緩やかながら安定した伸びを示している。また、世帯収入の増加や失業率の低下により、労働市場も引き続き安定している状況であることがわかる。
GDP成長率:1.1%:世界的なインフレや金融引き締め、ウクライナ紛争の影響により2023年は伸びが低迷。一方でシンガポール通商産業省(MTI)は、2024年第2四半期の成長率2.0〜3.0%と発表した。
コンドミニアム家賃:2.6%上昇:前年と比較し、供給増加により家賃上昇率は鈍化したが、2024年中に10〜15%下落を予想する専門家の意見もある。
インフレ率:4.8%:2023年、MAS(シンガポール金融管理局)の予想上昇値5%を下回る結果となった。分野別で見ると、食品のインフレ率は3.3%と低水準だったが、レクレーション&カルチャーやヘルスケアの部門では5%と高いインフレ率を記録した。
世帯収入中央値:SGD 10,869:世帯年収中央値は2022年から2.8%増加し、2年連続でSGD 10,000を超える結果となった。ただし、生活費に影響があるインフレ率を考慮すると昨年比から緩やかな上昇だったと言える。
失業率:1.9%:失業率は2021年(2.6%)・2022年(2.1%)を更に下回る結果となった一方で、事業再編やリストラの影響でリストラも相次ぎ人員削減の対象となった人数は前年比2倍以上となった。ただし、人材開発省(MOM)によると、企業の採用意向も2023年第三四半期以降上昇傾向にある。
シンガポールの位置づけの再定義
ビジネスにおけるシンガポールの魅力
シンガポールはこれまで、税制優遇が主要な魅力として認識されてきた。しかし現在では、税制優遇だけが海外企業にとって法人を設立する主な理由とは言いきれない。これに加えて、海外との優れた地理的接続性、アジアの金融ハブとしての地位、整備されたインフラ、高い労働生産性といった要素が、多国籍企業にとって大きな利点となっている。これらの特徴により、シンガポールはASEAN地域のビジネスハブとしての地位を確立している。
さらに、シンガポールはASEAN地域での外国直接投資(FDI)の主要な受け皿としても存在感を示している。その背景には、安定した政治・社会情勢、円滑な言語・コミュニケーション環境、先進的な金融システム、透明性の高い法的枠組みなど、海外企業がビジネスを展開する上で優れた環境を提供している点がある。また、シンガポールは自由貿易協定(FTA)を積極的に活用しており、これにより域内外の貿易活動が円滑化し、海外投資家にとっての魅力が一層高まっている。
一方で、シンガポールにはいくつかの投資リスクも存在する。特に、ビジネスコストの高さや人件費の上昇は、経営者にとって大きな課題となっている。また、東南アジア全体で離職率が高い傾向が見られる中、シンガポールではビザや就労許可の取得要件が厳しく、手続きの煩雑さが際立っている。これにより、労働力確保における制約が他の周辺国と比べて顕在化しており、企業が人材戦略を構築する上での重要な課題となっている。
地域統括拠点としてのメリット
シンガポールが地域統括拠点として選ばれる理由は、その地理的な優位性と充実したビジネス環境にある。周辺の東南アジア諸国へのアクセスが良く、多言語対応が可能な労働力環境や、英語を共通言語とするスムーズなコミュニケーションが強みである。また、現地情報の収集が容易であること、優秀な人材が確保できること、整備された法制度など、ビジネスを支える多くの要素が揃っている。
さらに、シンガポールに拠点を置く地域統括機能は、ASEAN-6(シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム)のみならず、インドなど広域なアジア地域をカバーしている企業も多い。この広がりにより、シンガポールは経営統制や管理強化、域内グループ企業間の営業連携や経営支援を促進する拠点として機能している。加えて、シェアードサービスを活用したコスト削減や、迅速な意思決定が可能となる点も、多国籍企業にとっての大きな利点である。
一方で、他のASEAN諸国も、労働コストの低さや豊富な人材、市場の成長性を強みとして、地域統括拠点の候補地としての存在感を高めつつある。企業の調査によると、シンガポールに統括拠点を置く企業の約50%は現時点で移管を検討していないものの、一部の企業は機能をタイなど他国に移管する動きを見せている。
将来的には、シンガポールを単なる統括拠点にとどめず、イノベーションの中心地として活用する動きが期待される。近隣諸国とのエコシステムを強化した連携促進、環境規制の強化や、専門人材の配置など、新たな価値を生み出す拠点としての役割を果たすことがASEANでの競争力を維持するための重要な取り組みとなる。
Source: JETRO 「2023年度 アジア大洋州地域における日系企業の地域統括機能調査報告書」
金融ハブとしての取り組み
シンガポールは、金融ハブとしての地位を維持するため、税務制度の改正と金融犯罪対策を強化し、透明性の高い法制度を構築することで信頼性を向上させることで、外国企業にとって引き続き魅力的なビジネス拠点であり続けている。
主な法人税政策の改正点としては、多国籍企業による税負担回避を抑制し、公平な税負担を実現するためのグローバルミニマム課税への対応。2024年度から、法人税額の50%を控除し、現金還付を可能にするRefundable Investment Credit(RIC)制度の導入。最低1名のローカル従業員を雇用する企業を対象とした法人税額の50%を税額控除(2024年賦課年度)および、現金還付制度などが整備された。
また、2023年の大規模な資金洗浄事件を契機に、シンガポールは包括的なマネーロンダリング対策を実施。国際基準に準拠した監査体制や報告義務を強化し、違反時の罰則を厳格化した。さらに、2024年の法改正により、押収資産の効率的な売却や環境犯罪を前提犯罪とする新基準が導入され、透明性の高い法制度を構築している。
これらの施策により、シンガポールは国際的な信頼性を高め、企業が安心してビジネスを展開できる環境を提供し続けている。
Source: IRAS、JETRO等
カーボン取引ハブとしてのシンガポール
シンガポールは東南アジアで唯一炭素税を導入しており、カーボン取引ハブとしての地位を目指して環境整備を進めている。2019年に導入された炭素税は、温室効果ガス(GHG)1トン当たりSGD5から2030年にはSGD50~80にまで引き上げられる予定である。また、大幅な炭素税の引き上げに伴う、「国際カーボンクレジット(ICC)フレームワーク」の適用開始。2025年から上場企業に対し、IFRSの国際持続可能性基準審議会(ISSB)の基準に基づく報告義務が導入される。これらの施策により、シンガポールは持続可能な経済モデルの構築を進めている。
SGDsの推進は企業にも求められており、シンガポールの企業であるKeppel社は TIME MAGAZINEで「The World’s Most Sustainable Companies 2024」に選ばれた。
Source: JETRO、SGX、SEC, Keppel web, Time Magazine
セミナーレポートの後半はこちらから。