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経営者に聞く 「日本航空 シンガポール支店 土橋健太郎支店長」 トップインタビュー

25 January 2024

ASEAN経営者インタビュー 

 日本航空株式会社 シンガポール支店
土橋 健太郎 支店長

「経営者に聞く」インタビューシリーズ

 SPEEDA ASEANでは、ASEAN市場で挑戦している皆さまを、経済情報とコミュニティ作りを通してご支援しています。「経営者に聞く」インタビューシリーズでは、ASEAN地域で事業展開する日系企業の代表者の方々に、ご自身の経営哲学や信念、海外事業経営の醍醐味(挑戦の難しさと面白さ)をお伺いし、ご本人と会社の魅力を読者の方々にお届けする企画です。
今回は、ASEAN経済の専門家である川端隆史氏とSPEEDAの内藤靖統が、日本航空シンガポール支店長の土橋健太郎氏にお話を伺いました。

 

川端:シンガポール着任前はどのような業務をされていらっしゃったのでしょうか。

土橋:私はフランクフルト支店で2010年まで3年半ほど営業を担当した後、本社に戻り国際提携部でのアメリカン航空などの航空会社との提携業務を経て、2018年7月にシンガポールに着任しました。シンガポール支店長を拝命した背景としては、旅客販売の経験が長かったことが関係していると受け止めています。一般的な赴任期間は3年から4年ぐらいですが、2020年からのコロナ禍の影響があり、少し長めの勤務となっています。

川端:シンガポールの支店長として赴任が決まったとき、どのように感じられましたか。

土橋私はアメリカで生まれ育ち、フランクフルトに在勤するなど、欧米圏の経験はありました。アジア圏については、仕事でアジア各国の航空会社との提携業務などで関わりはありましたが、実際に現地に住み、直接業務をするというのは、今回のシンガポール支店長としての仕事が初めてです。未知ではありましたが、非常にワクワクした気持ちで赴任しました。

コロナ禍で飛べない客室乗務員、心のケアを大切に乗り切る

川端:着任して1年半ほどで新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われました。航空業界にとっては致命的な状況です。相当な苦労があったと思われますが、どのような施策を打ったのでしょうか。

土橋:当社は旅客便の貨物室を利用した”貨物便”を運航していましたが、渡航制限によりお客さまにご利用いただく”旅客便”を激減しました。規制等が厳しくなった2020年4月には、便によっては、お客さまがお一人だけということもありました。また、お客さまからご予約を頂いていた便が、お客さまが空港にお見えにならず、一人もお客さまが搭乗されない状態で飛行機を運行したということもありました。そして、2020年5月から6月の2ヶ月間、"旅客便"は運休となりました。しかし、飛行機は"貨物便"として二国間を結び続けていました。

 こうした状況のなか、様々な課題が上がりました。最も重要だったのは従業員の雇用維持です。私どもはコロナ禍といえども、いずれ旅客需要は必ず回復すると考えていました。そのときに備えて雇用は守らなければいけません。

 しかし、旅客機が飛ばない以上、会社としては航空券の販売以外に、何らかの形で収益を上げる必要がありました。例えば、シンガポール基地の客室乗務員たちは、スキルを生かしてマナー講座や日本の大学生向けの語学とサービス講座をオンラインで実施するといった工夫をしてきました。コロナ禍で乗務員たちが実は様々な才能を持っていることも分かり、例えば、デザインが上手な人もいて、当社のロゴを付けたエコバッグなどオリジナルグッズの企画や販売をするといった試みもありました。

 2020年3月当時、シンガポール基地の客室乗務員はシンガポール人を中心に百数十名おりました。少ない運航便のなかで乗務しても帰国時には、2週間のホテル隔離期間が必要という問題にも直面しました。これは会社の財務上の負担にもなりますが、何よりも、乗務員たちの精神面でも厳しいものがありました。やむなく2年間に亘って乗務を休止することを決断しました。

 シンガポールでは、転職が頻繁に行われます。新規での採用が難しい状況だったことに加え、転職も重なり自然と人が減っていきました。仲間が減る、旅客機を飛ばすこともままならない。そうしたなか、残ったメンバーは不安を抱え、シンガポール基地がなくなってしまうのではないかという不安の声も上がりました。不安を解消するために、私は「車座」を実施しました。これは、乗務員、空港で働く地上職職員、総務などの内勤スタッフ、旅客・貨物営業スタッフなど支店の全スタッフとの対話を10数回に分けて行い、胸襟を開いたコミュニケーションを図るものです。

 私は、可能な限りリアルタイムで会社の財務状況なども含め様々な情報を共有していきました。現状が把握できることは安心につながりますし、困難な状況でも前を向いていこうという気持ちになれます。

 また、日本人を含め、当地における外国人スタッフの間には、国境が閉じられたことで母国が急に遠くなってしまったという感覚もありました。それに加えて、在宅勤務のなかではオフィスでのちょっとした雑談といったコミュニケーションもなくなります。こうしたなかでは、心のケアが重要な課題となりました。困難がありましたが、雇用は守り切ることができました。

photo by Fariz Priandana

川端:旅客便が大幅に減ってしまうと、オフィス業務も大きく変わったのではないでしょうか。そして、客室乗務員の方々の環境は激変したのではないでしょうか。

土橋:今だからできることや、普段は日々の業務で手が回らなかった業務を進めました。例えば、マニュアルの見直しなどがあります。そうしたなかでも、普段、飛行機に乗ることを仕事にしている客室乗務員は、2年近くも在宅勤務をしなければならず、特につらかったでしょう。

 シンガポール人乗務員にとって、日本語能力の維持は大きな課題でした。日々の業務で日本人社員や日本人のお客さまとのコミュニケーションを通じて、日本語能力の維持向上を図っています。その機会が無くなってしまった。そこで、乗務員同士でグループを作り、日本語のトレーニング、サービスのシミュレーション、ロールプレイングなど様々な工夫をしていました。

皆が通常の乗務に復帰できたのは2022年4月1日からでした。長い、長いブランクでした。

川端:普段、飛行機に乗ることを仕事にしている方々がコロナ禍の中でいかに苦労されてきたか、そして久しぶりに乗務できたときの喜びがうかがえます。

土橋:様々な言葉が支えになったことでしょう。

一例ですが、日本拠点の日本人乗務員からは、シンガポール基地の乗務員に対して、「また一緒に乗務出来ることを楽しみにしています」といった励ましの言葉を沢山もらいました。意識的に、前向きなコミュニケーションをすることが大切でした。

川端:シンガポールは国際線がありませんので、旅客便が止まるということは、すなわち乗務がない、ということになります。

土橋:他の手段がないという大変厳しい状況でした。 日本の乗務員は国際線が止まって乗務時間は減ったといっても、まだ国内線での乗務の機会がありました。

川端:そうした2年ほどの期間、様々な苦労に対峙して乗り越えてきましたが、現状はいかがでしょうか。

土橋:おかげさまで、コロナ禍前の状態に戻ってきました。強いて言うと、円安の影響などで日本からのお客さまについては、私が赴任した2018年に比べると、今一歩かと感じています。今年の夏休みには、日本人のご家族連れのお客さまもずいぶんお見受けしましたが、2018年に比べると少ないかなという印象があります。また、特に日本の国内線においてはビジネスでの出張もリモートワークの普及でコロナ前の水準まで完全には戻りにくいと感じています。

 

盛り上がるシンガポールからのインバウンド、ジップエアも新たな選択肢に

川端:シンガポールドルと日本円のレートは、2018年と今を比べると30円近くの差があります。影響は避けられないと思いますが、大幅に戻りひと山を越えた状況と思います。

土橋: 嬉しいことに、シンガポールから日本へのインバウンドのお客さまに多くご利用頂いています。インバウンドの客況は、国内線にもプラスに働いています。私の周りのシンガポール人の方でも、今年は2回、3回日本に行っているとおっしゃる方がおられます。もはや、珍しい話ではなくなりました。インバウンドのお客さまのお陰もありまして、ロードファクター(有償座席利用率)はコロナ禍前に戻っています。

 JALグループのLCCであるジップエアは、コロナ禍の最中だった2021年9月7月、成田―シンガポール便が就航しました。そして、2023年夏期からは毎日運航となりました。現在は、JALは1日3便、ジップエアは一日1便運行していますので、JALグループとしてシンガポールから東京まで1日計4便が飛んでいます。当初は、JAL便とジップエア便が競合を起こすのではないかという懸念もありましたが、お客さまに上手に使い分けて頂いています。

 例えば、ビジネス目的ではJAL便を使い、レジャー目的ではジップエア便とする。また、JAL便のエコノミークラスとジップエアのフルフラットの価格を比べて選ぶお客さまもいらっしゃいます。必要なサービスだけを選んで組み立てられるのもジップエアの魅力と感じて頂けているようです。


photo by Kyodo News from getty images

地方創生への取り組み、シンガポールの根強い旅行会社の力

土橋:シンガポールからのインバウンドが増えていることは、JALの国内線にもプラスの影響が出ます。私たちは微力ながら地方創生にも貢献したい気持ちがあります。

 SNSで注目を集めている観光地に行っていただくのも良いですが、リピーターのお客さまであればあるほど、羽田から国内線を使って、様々な日本の顔、もっと違う日本の様子を見ていただきたい。シンガポール支店でも、当地のお客さまや関係先に向けて働きかけをしています。

川端:どのような施策を打っているのでしょうか。

土橋:例えば、比較的席に余裕のある路線については、国際線から国内線の乗り継ぎとして割安運賃を提示したり、日本の地方自治体やその関係先の皆さまと共同プロモーションを実施したりといった施策があります。

 なかでも、世界遺産などの"目玉"があるけれども、シンガポールのお客さまにはまだ知られていない地域などは、まだまだ施策を打つ余地があると思います。

 シンガポールの旅行会社向けに、日本の地方を知っていただき親しんでいただくための研修ツアーを組んでいます。航空券販売やパッケージ旅行商品を扱う旅行会社のスタッフの方々に日本を体感していただくことが大切です。最近では、旅行会社さん数社を日本の地方都市にお連れしました。「面白いね」と感じてもらい、「新たな発見」をして頂くことによって、もっと日本の地方都市を販売していただけるようになるのです。

川端:最近は、各航空会社の公式ページで直接予約をしたり、価格比較サイトでチケットを予約したりする方も増えていると思います。そうしたなか、シンガポールでは旅行会社はどのような位置づけでしょうか。

土橋:シンガポールのお客さまは、ご自身で情報を集めて、航空券、ホテル、レンタカーなどを様々なサイトを通じてご自身で組み合わせて予約なさる傾向があるように思います。日本に比べて、ご自身で準備、手配するというお客さまの比率は高い。

 そうしたなかでも、最近は添乗員無しの自由度の高い旅行形態が売れています。また、シンガポールの旅行会社さまのなかには、コロナ以降かなり勢いがある会社があります。インターネットで個人手配が便利な昨今においても、パッケージ旅行にも、まだまだしっかりしたニーズがあります。

 当地で年2回行われる旅行博には旅行会社も出店します。ここでは、一般のお客さまが旅行商品をその場で購入できます。毎回、大盛況でキャッシャーでは行列ができています。このような商談と展示即売会的な旅行博は、私も日本や欧州では見たことがありませんでした。 

川端:旅行会社という販売ルートは根強いものがありますね。家族3代の旅行など手配の数が大きい場合や、高齢の方がいらっしゃるグループでは特に需要がありそうです。

土橋:シンガポールでは特にスクールホリデーの時期、空港のチェックインカウンターに立っているとその傾向ははっきり見えますね。パッケージ旅行は根強いです。そして、ご自身で組み合わせる方もいらっしゃる。上手に棲み分けができているという気がしています。

 

日本とシンガポールを結んで65年

川端:JALのシンガポール線は、2023年に就航65周年を迎えました。何か特別な動きはありました。

土橋:5月8日が65周年記念日でした。JALは日本とシンガポールを初めて結んだ航空会社です。65周年というと、シンガポールの建国より前から両国との間を飛んでいたことになります。この記念すべき節目の年を迎えることが出来ましたのも、これまでの長きに亘り、多くのお客さまにご利用頂き、ご支援頂いている賜物として、大変感謝いたしております。

その感謝の気持ちを、ささやかながらでもお示ししたい、そんな思いを込めて5月8日には、出発ゲートで私から65周年の記念日である旨のアナウンスをさせて頂きました。

また、ささやかな取り組みと致しまして航空券を購入頂いたお客さま向けに、記念の特別デザインを施したEZ Linkカード(※注:公共交通機関の乗車や少額決済などに利用できるカード)、日本行きの航空券などを抽選でプレゼントさせて頂くと共に、シンガポール=日本間の特別運賃の設定などを行いました。

私のシンガポール勤務開始の年が、就航60周年という別の大きな節目でありましたので感慨深いものがあります。ちなみに、就航当時は、プロペラ機で日本からは香港、バンコクを経由してシンガポールのパヤレバー空港(現在は軍民共用空港)に到着する、という便でした。

川端:65年という歴史の重みを感じますね。


photo by Kandle

エアライン一筋、ビジネスパーソンとして大切にしてきた価値観とは

内藤:提携のお仕事を経験されたとのことですが、どのように提携先を勝ち取るのでしょうか。

土橋:航空業界には、私たちが所属しているワンワールド、全日空などが所属しているスターアライアンス、日本の会社はありませんが大韓航空などが所属しているスカイチームという3大アライアンスがあります。

アライアンスによっては、所属航空会社と、他アライアンスの所属航空会社との提携を歓迎しないことがあります。

一方で、私どもの所属するワンワールドは所属する個社の個性を活かす為、アライアンス外の航空会社との提携についても極めて柔軟性があります。

 提携先のエアラインとは企業の価値観の一致が大切です。このとき、私たちはJALフィロソフィに基づく考え方で、顧客サービスをどのように向上させていくべきか、提携先のエアラインと協議をしていきます。また自社のメリットのみを追求しては、提携は長続きしません。利他の心に基づく発想で、顧客利便の向上を意識した提携パートナーとの中長期的な提携関係を目指したいと考えています。

内藤:JALフィロソフィに触れていただきました。どのように実践されていらっしゃいますか。また、特に好きな項目を教えて下さい。

土橋:JALフィロソフィは、判断に迷った時に立ち戻ると自ずと答えにたどり着くように私は思います。

特に好きな項目と聞かれてしまうと、悩みますね。どれも好きだからです。敢えて、選びますと「最高のバトンタッチ」でしょうか。お客さまをバトンに例えてしまっては失礼かもしれませんが、安全に出発地から目的地まで最高のサービスをもって渡航していただくには、私たち社員の間の「最高のバトンタッチ」が大切です。

チケットの予約、空港のチェックインカウンター、搭乗ゲート、客室、そして到着地の空港へとお客さまにご提供出来る「最高のサービス」でおつなぎしていく。これが「最高のバトンタッチ」です。

内藤:ビジネスパーソンとして大切にしてきた価値観としては、何がありますか。

土橋:まず、仲間との関係です。先ほど申し上げたアライアンスの仕事でも、素の自分、胸筋を開いた素直な関係を築くことを大切にしていました。ビジネスでは「計算」も必要ですが、真摯な対応をすることが何よりも重要なことではないでしょうか。

 相手の話しを良く聞きながらも、自分の考えも押しつけずに、意見も明確に出していく。元気がでる前向きなコミュニケーションも大切です。こうした考え方は「JAL OODA(ジャルウーダ)」という自律的人材育成の考え方にも合致した価値です。

そして、悲観的に計画して楽観的に実行することも心がけています。スピード感を持ちつつも、実行の段階では様々な可能性を考えて行動していきます。

昨日よりは今日、今日よりは明日。その分、成長した自分にしないといけないと言うのも大切にしたい考え方ですので、仲間と共に日々の業務に邁進したいと思っています。

川端・内藤:本日は貴重なお話をいただき、大変ありがとうございました。

 

取材日:2023年10月6日
本記事に記載の内容や所属・肩書は、取材時点での情報になります。

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