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経営者に聞く 「JR東日本 東南アジア事業開発 大見山俊雄マネジング ダイレクター」 トップインタビュー

09 November 2023

 

ASEAN経営者インタビュー 

 JR East Business Development SEA Pte. Ltd.(JR東日本東南アジア事業開発)

 大見山 俊雄 マネジング ダイレクター

 

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One & Co を運営されている皆様と
(写真右から3番目 / JR東日本 東南アジア事業開発 大見山マネジング ダイレクター、2番目 / ASEAN専門家 川端氏)

 

 

「経営者に聞く」インタビューシリーズ

 

SPEEDA ASEANでは、ASEAN市場で挑戦している皆様を、経済情報とコミュニティ作りを通してご支援しています。「経営者に聞く」インタビューシリーズでは、ASEAN地域で事業展開する日系企業の代表者の方々に、ご自身の経営哲学や信念、海外事業経営の醍醐味(挑戦の難しさと面白さ)をお伺いし、ご本人と会社の魅力を読者の方々にお届けする企画です。
今回は、ASEAN専門家の川端隆史氏とSPEEDA ASEANの伊野が、JR East Business Development SEA Pte. Ltd (JR東日本 東南アジア事業開発)の大見山俊雄マネジング ダイレクターにお話しを伺ってきました。

 

駅ナカ事業を海外に

川端:シンガポールでは、2022年7月にトムソン・イーストラインのウッドランズ駅に駅ナカモール「STELLER@TE2」をオープンしています。また、鉄道事業者のイメージからは想像しにくいのですが、2019年8月、コワーキングスペースのOne&Coを中心部タンジョン・パガーでオープンし、2023年は増床も実現しました。

JR東日本といえば、日本国内では鉄道事業者というイメージがあります。そして、近年は駅を活用した駅ナカ事業で存在感が大きくなっています。こうした国内での事業から、近年は海外展開を推進している背景を教えて下さい。

 

大見山根本的な背景として日本の鉄道事業が置かれた状況があります。日本の鉄道収入は、少子高齢化の流れのなかで減少に向かうことは逃れられません。そうしますと、日本で鉄道以外の部分でお金を儲けていかなければなりません。駅ナカなどの事業はその一環でもあります。もう一つは、海外市場という選択肢です。国内で取り組んできた私どもの何が通用するだろう、という話になります。

では、私どもの収益源として信頼を置いている駅ナカ事業を、海外に持ってきたらどうなるのだろうか、という発想が生まれました。日本では駅でのお客様の嗜好や行動様式を十分に把握できています。この条件さえ揃っていれば、海外でもやれるはずだと考え、第1号をシンガポールで始めることになったのです。

 

ウッドランズ駅のSTELLA@TE2のオープニングイベントにて(提供元:JR東日本 東南アジア事業開発) 

 

川端:駅は日々多くの人たちが利用しますので、動きを把握できるという点は頷けます。通常のショッピングモールは、近所の人の普段使いで毎日のようにちょっとだけ寄るという方がいれば、一方で、遠方からファミリーが車でレジャーとして遊びにくるというパターンもあり、多様です。

 

大見山:駅ナカは、駅を利用するお客様が朝や夕方に通勤や帰宅で利用し、どのような動きをしているかという動きを非常に把握しやすいのです。これで顧客接点をしっかりと作ることができます。駅は愚直にお客様の動きを把握するには理想的になのです。これにより駅ナカ事業は、様々な商業施設の形式の中でも、非常にパフォーマンスが良くなります

駅ナカのもう一つの強みは、テナントの皆さんとのコミュニケーションが非常に良くできているということです。テナントから、お客様が日々どのような行動をされているかということが伝わってきます。例えば、「雨の日は、この商品がよく売れる」といったことです。こうした情報を踏まえて、「じゃあ、他にもこういうことやりましょう」というアイディアが出ます。

 

 

鉄道事業者としての本流がシンガポール事業の基礎。「安全運行」から醸成された信頼関係

川端なぜ、駅ナカの第1号の展開としてシンガポールを選ばれたのでしょうか。鉄道というインフラを考えれば、他の国で展開するという選択肢もあり得たのではないでしょうか。

 

大見山シンガポールは他国と比較して、鉄道網が成熟している上に、鉄道事業者との対話が進んだという事情があります。シンガポールでの事業展開は、駅ナカそのものを考える前に、私どもとシンガポール側の間に鉄道事業者同士としてのコミュニケーションがしっかり取れていたという下地がありました。シンガポールにはSMRTという鉄道事業者があります。私どもJR東日本のシンガポール事務所は10年前に立ち上げましたが、その前からコミュニケーションの積み重ねがあり、その後の駅ナカ事業に発展しています。

まず、シンガポール当局との関係は鉄道の安全運行から始まりました。以前、シンガポールのMRTはトラブルが多く、その対策のために私どもが支援をしてきたという経緯があります。シンガポールの鉄道行政は監督庁にあたる陸上交通局(Land Transport Authority、以下「LTA」)と事業者として運行を民間委託されたSMRT Corporation(以下「SMRT」)に分離されています。業界では「上下分離」と呼ばれるものです。

LTAやSMRTは鉄道の運行トラブルをなんとか減らしていきたいという想いがあり、私ども経験や技術でサポートをしてきました。こうした鉄道事業者としての本流のお付き合いを通じて、良好な関係を築いてきた経緯があります。その上で駅ナカ事業へとつながっていきます。

 

川端日本の鉄道の安全性と正確さは世界でも断トツです。そうした蓄積がシンガポール事業で大きく生き、SMRTとの信頼醸成の基本となった。その上での攻めの部分、つまり、新たな収益源としての駅ナカ事業が登場してきたと理解しました。

 

大見山その通りです。今、外から見ると駅ナカ事業が話題になりやすいです。しかし、シンガポールでのビジネスは、駅ナカ事業が先にありきではありません。その前段階として、安全面でのサポートという信頼関係が作られていたことがとても大切だったのです。これを踏まえないと、なぜ突然、駅ナカをやるのか、と見えてしまいます。

SMRTとの関係は非常に良好です。監督庁のLTAも含めて自発的かつ積極的に勉強をされていました。私どももそれに誠実にお応えする。こうしてコミュニケーションを通じて信頼関係が作られてきました。

 

駅ナカから地域の課題に取り組む

大見山:そして、シンガポールでの駅ナカ事業を展開できる理由が鉄道網です。シンガポールはすでに鉄道網が成熟しておりきていて、日本で経験してきた駅舎を中心としたビジネスモデルが応用できます。このようにできる国はまだ多くありません。

川端:これから、インドネシア、マレーシア、タイといった他の国でも鉄道網がさらに発展してきたら、さらに応用できる国が増えていきそうです。

 

大見山:ネットワークができて鉄道で皆さんが移動するという行動様式が定着していけば、可能性があります。

 

川端:シンガポールの駅ナカ事業について日本との違いはありますか。シンガポールの独自性や地域性、いわばローカリティのようなものがあり、日本と違う点があるのではと想像します。

大見山今のところ、大きな違和感はないのですが、違う点があるとすれば駅ナカでのテナントのコミュニケーションの仕方です。これは日本とずいぶん違うなと感じています。日本の駅ナカの場合は、オーナーとテナントが対等な関係で議論されます。しかし、シンガポールはオーナーがいて、テナントは借りているだけという関係になりがちです。この関係性をどのように構築していくか。これは、苦労しながら取り組んでいるところです。

もう一つはデータの共有です。日本の駅ナカではテナントを含めて皆で営業情報など様々な情報を共有します。シンガポールは、これからといったところです。

そうしたなか、着実に成長していることがあります。それは、地域とのコミュニケーションです。SMRTは地域の信頼を得るために、様々な施策をとても一生懸命にやっていらっしゃいます。例えば、イベントを毎週のように開催しています。金にはならないものもありますが、ひとえに地域のためです

私どもは、この地域コミニュケーションを主導しました。そのひとつとして、ヤマハさんとのタイアップでウッドランズ駅にストリートピアノを設置しました。これが好評を頂き、SMRTから他の駅にも置きたいという希望を頂き、今では、私どものオフィスが入っているOne&Coの最寄りのタンジョン・パガー駅などにも設置をしています。

 

タンジョン・パガー駅に設置されたピアノでの演奏を楽しむ親子の姿(SPEEDA ASEAN撮影)

 

川端興味深い試みです。ビジネスは、もちろん、数字上の儲けが必要になります。ただ、鉄道や駅ナカのような事業は、接点が多いため地域の人たちに親しみを持って頂くこと目指せます。そうして、単なる移動手段としての鉄道を越え、日常生活を彩る存在としての駅を起点として地域にも貢献していくという姿が見えてきます。

 

大見山:おっしゃるとおりです。気長に取り組みを続けていかなければいけませんが、これが私どもの強みになっていきます。ストリートピアノや様々なイベントを通じて、地域の皆様に親しみを持って頂ける。いまではSMRTがイニシアティブをとって地元のコミュニティとの関係を構築しています。

 

川端シンガポールは、素晴らしい発展を遂げてきましたが、地域社会の絆をどうしていくのかという課題があると私は考察しています。世界共通の現象として、都市化のなかでは、これまでの密な人間関係は希薄化しがちです。それを昔のような形に無理矢理戻すことも不可能です。そして、何かとプレッシャーが多い世の中にもなっています。そうした日常の中に、何か楽しみが見いだせることが大切だと思います。

 

大見山:シンガポールは、高齢化や核家族化のなかでコミュニティをどう捉えていくべきかということは真剣に取り組み始めました。そうした取り組みのなかに駅が大切な役割を果たしていくことができると思っています。

 

ピアノの横に設置してある「COMMUNITIES IN STATION Programme」の案内板
“地域の絆を育み、移動・通勤の体験価値を高め、駅に活気をもたらすことを目指している”との案内文

 

なぜ、鉄道事業者がシンガポールでコワーキングスペースを始めたのか

川端駅ナカの前から始めている試みとしてのコワーキングスペースは、新しい挑戦に見えます。

 

大見山:日本でも形態がずいぶん違いますが、JR東日本は「ステーションワーク」という事業を展開しています。移動の合間を活用して仕事ができるブースを駅や駅付近の建物に設置しています。コワーキングスペース事業につながる下地は日本にありました。

ただ、駅でのブース形式とコワーキングスペースは、ビジネスのあり方や運営など次元が大きく違います。そして、私どもの思いとしては単なる仕事場以上のところを目指したい。そこでコワーキングスペースを通じて、シンガポールの企業と日本の企業を結びつけるマッチング・プラットフォームの形成にも取り組んでいます。この発想のなかには、マッチングしたシンガポール企業に日本に来て頂いて、駅舎の場で貢献していただこうという考えも含まれます。

 

川端日本の連れて行こうという発想がユニークですね。通常、日本の企業はシンガポールに進出して現地でいかに収益を上げるかと考えます。シンガポール企業に駅舎を活用して頂くという発想は、JR東日本ならではの強みですね。コワーキングスペースでマッチングをするという発想はどこから生まれたのでしょうか。

 

大見山:One&Coの事業パートナーである北海道のCo&Coとの話から始まりました。Co&Coと様々な議論してシンガポールで一緒にやりましょうとなりました。マッチングは、そのやりとりのなかで生まれてきた発想です。JR東日本は駅ナカ事業には自信がありますが、コワーキングやマッチングでは後発部隊です。そのため、自分たちが直接入るよりも、ノウハウや情報を持っているCo&Coとのパートナーシップを活用していくという選択を採りました。

 

SPEEDAも入居している、明るく開放的なOne&Coのコワーキングスペース 窓からは海の景色も望める(SPEEDA ASEAN撮影)

川端シンガポール企業を日本に連れて行った事例は、すでにあるのでしょうか。

 

大見山テストマーケティング段階ですが、Crown Technology Holdingsが開発した次世代型全自動コーヒーマシーンのEllaを東京駅にもっていきました。東京駅といえば、日本の一等地の中の一等地です。しかも、駅舎のなかでも一番良い場所に出て頂き、珍しさも手伝って様々な反響を頂くことができました。最初のプランでは、テストマーケティングの後に100台ぐらい一気に導入するという計画を持っていました。しかし、日本では規制など様々な問題が発生してしまったのです。

 

川端具体的にどのような課題が生じたのでしょうか。

 

大見山多くの問題がありましたが、例えば、Ellaは自動販売機なのか飲食店なのか、という論点です。自動販売機であれば規制はほとんど問題になりません。しかし、飲食店となれば保健所への届け出や衛生管理責任者を配置するなど、様々な規制の対象となります。これはとても大きな違いでした。日本ではもっと洗練させた方法で展開する必要がある事を学びました。

ただ、この経験は違う形で生かすことができました。10月からはフィリピンでEllaが展開される予定です。

 

JR東日本グループ 21年11月26日 プレスリリース情報をもとにSPEEDA ASEANにてデザイン加工

川端:日本の場合、成熟した先進国であるが故に、規制の問題は確かに重要な視点です。それでもなお、こうしたマシーンを日本の、しかも、東京駅の真ん中に持ってきたという意義は大きいと思います。少子高齢化での労働力不足は、ますます深刻になるリスクがあり、自動化は避けられません。東京の真ん中だけでなく、Ellaがあれば、他の人口が少ない地域でも人間のバリスタが入れたぐらいに美味しいコーヒーが飲めるようになるかもしれません。また、他の分野における自動化に向けた刺激となる可能性もあると思います。一つ一つの試みが日本社会における課題を解決するブレイクスルーとなることを期待しています。

 

 

ロータリークラブの活動で地域の懐に入り込む

川端:大見山さんは当地にこられて、プライベートはどのように過ごしていらっしゃるのでしょうか。

 

大見山ロータリークラブでの活動をしています。例えば、低所得者の方や、学業からドロップアウトしてしまった方がシンガポールにもいます。そうした困難な状況に置かれている方々を対象に、ロータリークラブでは米や食べ物を配る活動をしています。

こうした活動を通じて、地域社会の様子を垣間見ることができます。実際に、重い米をお母さんが受け取って大変そうにしていてそれを見ていても家族のだれも助けに来ない、という場面を目の当たりにしました。所得やお金の問題だけでない、コミュニティが抱える課題が見えてきます。
こうした課題は、シンガポール政府は切実に考えています。
ロータリークラブでの活動から社会的な課題を学んで取り組むことは、仕事で駅ナカを通じて手がけているコミュニティ形成の視点とも一致します。また、ロータリークラブでは元受刑者の方の社会復帰支援もしています。先日は、One&Coでもどのように支援していくべきかと議論するイベントも実施しました。

 

川端非常に意義があると思います。シンガポールは急速な発展で世界有数の都市国家になりましたが、課題も抱えている。そこに企業や個人としてどのように貢献していくかという視点はとても大切なことだと感じました。

 

大見山多くの企業は、シンガポールでどうやって儲けるかということに集中しています。これは当たり前のことなのですが、私どもはどちらかというと後発部隊です。では、JR東日本はどのような形でシンガポールに貢献しながら、ビジネスをやっていけるのだろうか。儲けるだけでは相手にされなくなるという気持ちもあります。

 

川端お話を伺ってシンガポールのセイフティネットとして社会的な貢献をしつつ、息の長いビジネスを作りつつ、日常生活に溶け込んでいく、そのようなイメージを持ちました。

 

大見山:それはまさしくJR東日本が得意とするところなのです。私どもは生活に密着した接点を大切にしていかなければいけません。海外でビジネスをするには、儲け方だけでいいのかと常に自問しています。

 シンガポールでは、コロナのおかげで色々と気が付いたという側面面もあります。コロナ対策ではサーキットブレーカー(セミロックダウン)など、一時期、ビジネスではほとんど動けませんでした。そうしたなかでも、社会的にニーズの高いボランティア活動や社会貢献活動は、早めに再開が認められていました。先ほどのような低所得家庭を訪問支援したり、外国人建設労働者が暮らすドミトリーにも行って支援活動をしたりしてました。ここまで懐に入っていくと、外からだけでは見えないものが見えてくるのです。

 

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歴史観を持って人や国と接していく

川端大見山さんのビジネスパーソン個人としての価値観も伺いたいと思います。これまで大切にしてきた価値観を教えて下さい。

 

大見山歴史観を持って人に接することが必要だと思っています。ものごとの背景をよく勉強した方がいいというのが私の主義です。

特に、シンガポールとの関係において日本は、戦争の時期に様々なことをしてしまった事実があります。そして、その後、日本企業が進出して、親身に技術を教えてきた。これは欧米系のメーカーはあまりやらなかったことです。日本人は、現場に出て行って工員の方々や技術者の人たちにも丁寧に教えていった。今、私どもがこの地でビジネスができているのは、そうした先人の人たちの努力が土台にあります。日々、こうした歴史を感じながら仕事をしています。

 

川端共感するお話です。シンガポールでは日本の占領期の話は一定の年齢以上の方々には生々しい話であるし、若い人たちもお爺ちゃん、おばあちゃん、その上の世代が大変な思いをした話を聞いています。これは、日本人が真摯に向き合っていかないといけない歴史です。

一方で、日本企業が進出して現地経済や産業の発展に貢献してきたことも事実です。未来を考えるためにも、歴史を知ることは大切なことだと思います。そして、製造業中心だった日本企業も、新しいタイプで進出するようになりました。そのうちの一つがJR東日本による鉄道の安全運行支援だけでなく、駅ナカ、コワーキングスペースといった事業だと位置づけられると思います。

 

大見山:最近、シンガポールの方々は日本について、食や文化などに強い関心を持っています。これは良いことですが、そこだけにとどまらない関係を作っていきたいと思います。そのためには、何かこの国に貢献していかないといけないと常々考えています。

 

川端:本日は大見山様の経営哲学に触れるとともに、御社の事業の背景にある本質的な部分についても語っていただき、大変ありがとうございました。今後もシンガポールの発展と御社の事業展開に注目したいと思います。

取材日:2023年10月5日
本記事に記載の内容や所属・肩書は、取材時点での情報になります。

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