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経営者に聞く 「NECコーポレーション(タイランド)栗原伊知郎社長」 トップインタビュー

28 June 2023

 

ASEAN経営者インタビュー 

 NECコーポレーション(タイランド)栗原伊知郎社長

 

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(写真左から) NECコーポレーション(タイランド)栗原社長、SPEEDA ASEAN Japan Desk 藤田勇一

 

 

「経営者に聞く」インタビューシリーズ

 

SPEEDA ASEANでは、ASEAN市場で挑戦している皆様を、経済情報とコミュニティ作りを通してご支援しています。
「経営者に聞く」インタビューシリーズでは、ASEAN地域で事業展開する日系企業の代表者の方々に、ご自身の経営哲学や信念、海外事業経営の醍醐味(挑戦の難しさと面白さ)をお伺いし、ご本人と会社の魅力を読者の方々にお届けする企画です。

 

今回は、SPEEDA ASEAN Japan Deskの藤田勇一が、NECコーポレーション(タイランド)栗原伊知郎社長にお話しを伺ってきました。

 

NECのタイの歴史は古く、1960年代に遡ります。タイ全体のITインフラの発展に貢献し、50年以上も現地でビジネスに取り組んできたNEC Corporation(Thailand)Ltd.を率いる栗原社長にお話を聞きました。

 

 

入社当時からの変遷

藤田まずはご入社から現在に至るまでの経緯について、お聞かせ頂けますでしょうか。

 

栗原入社以来ずっと海外部門で、はじめはインドネシア担当でした。当時のNECが保有する海外向け製品を、すべて扱っていました。当時(92年)は現地法人がなく、日本から直接輸出をした時代です。それから、かれこれ数十年、東南アジアに関わっています。

 

藤田入社当時から、海外勤務を希望されていたのでしょうか。また、当時はどのようなご経験が記憶に残っていらっしゃいますでしょうか。

 

栗原新卒の配属面談で「通信インフラを支えることで、発展途上国の生活の質向上に貢献したい」という強い思いを伝えたところ、無事に配属されました。担当した当時のインドネシアでは大きな変化があり、次々と案件が増えていきました。

当時はまだ紙が主流の時代で、徹夜で作成した提案資料を10箱以上の段ボールに詰め、翌朝のフライトに向けて本社から成田空港に持って移動したこともありました。空港のチェックインカウンターでとても目立っていたことを今でも覚えています(笑)。

インドネシアに着いてからも、資料の内容の変更や差し替えがあり、現地スタッフと協力しながら奮闘していました。契約が取れれば億単位の実績になるので、資料提出後の詳細説明や価格交渉なども、一緒に一喜一憂しながら進めていました。

 

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藤田色々順調そうに見えますが、インドネシアは難しい時代に入っていくタイミングでしたよね。

 

栗原その通りです。97年ごろからアジア通貨危機が起こり、インドネシアも98年から景気が悪くなりました。当時、長く続いていたスハルト政権が崩壊し、街中でデモや騒乱が起きるなど治安が悪化していきました。駐在員の帯同家族は国外に退避させられましたが、その後フライトも飛ばなくなってしまい、政府が救出のために専用機を出すような状況でした。結果として、プロジェクトは全て小休止になり、担当案件がなくなってしまいました。

その頃、タイの方がすでに落ち着いてきていたので、98年の夏からタイを担当することになり、日本で営業として経験を積んだ後、03年から09年までタイに駐在しました。その後、日本へ帰国し、日本から東南アジアを担当していました。

 

藤田日本でのご担当領域がかなり広くなられたとのことですが。

 

栗原当初はタイ・ラオス・カンボジア・ミャンマーを担当していて、追加でベトナムやフィリピンも見るようになりました。その後、バングラデシュとスリランカも追加されました。バングラデシュについては、非常勤ですが現地オフィスの所長も兼任し、リモートで仕事をしていました。

その後、16年にインドネシアへの辞令が出て、現地法人社長を4年半務めました。その後、20年からタイ赴任となり、現在に至ります。

 

タイ法人の経営

藤田:タイ法人の社長として、直近はどのようなご状況なのでしょうか。

 

栗原:まさに今、私の会社員人生の中で、立場的にも一番苦しい、どうやって乗り切るかという局面です。

 

藤田:詳しくお伺いできますか。

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栗原タイ市場は、アジアの中でも一番長く続いていて、歴史があります。NECタイができたのは03年ですが、拠点自体は昔から複数ありました。駐在員事務所ができたのは62年です。その後、生産工場や量販品の販売法人ができて、それらを統合する形で現地法人が立ち上がりました。私はちょうどその立ち上げの直前にタイに来て、統合業務に携わっていました。

直近では市場環境が厳しくこれまでハードウェア販売をメインとしてきましたが、中国勢の台頭など競争環境の激化もあり、状況が厳しくなりました。ソフトウェア領域への転換を図っている中ではありますが、依然ハードウェアが中心のNECタイは厳しい状況です。現在、構造改革に取り組んでいるところです。

 

藤田:具体的には、どのようなアクションを取られているのでしょうか。

 

栗原:新たな成長軌道に乗せないといけないので、非常に頭を悩ませています。当時は、NEC製品を売るだけで安定して利益を出せていたので、逆に危機感を持てず、ずっと同じポートフォリオで続けてしまっています。過去の赴任時と事業の中身が変わっておらず、何も新しいことを始められていない状況には私も驚きました。

 

藤田:他の国ではまた違う状況なのでしょうか?

 

栗原:他の現地法人は安定しているところが少ないので、新しい事業の柱を作るべく様々なチャレンジをしているところが多いです。例えばインドネシアは、こういうことをやってみたい、というアイデアが社員から上がって来ていました。タイはそういったことがなく、これまで日本人のガバナンスが強すぎ17年はたからなのか、タイの国民性なのか、計りかねているところはありますが、保守的なところは大きいと感じています。

タイは安定していたが故に、逆に新規事業に出遅れてしまった部分があります。RHQからも、新しい事業を立ち上げないとタイはこのまま沈んでいく、と言われました。実際に、過去、タイ社内でタスクフォースが組まれたこともあったようでしたが、成果が出せていませんでした。

 

藤田:そうした中で、まずは実情をつかむところから進められたと。

 

栗原:そうです。現地メンバーに話を聞いてみると、新しいことをやらないといけない、という気持ちは皆持っていることが確認できました。ただし、行動が少ない。保守的な人が多いと感じています。スタートアップのユニコーンが他国に比べてタイでは育っていない事実もあります。

 

藤田:それは何故だとお考えですか?

 

栗原:安定して利益が出る王道案件に人員が割かれ、新しい取り組みへのメンバーアサインが重要視されてこなかったからです。現地メンバーにとっても、既存の営業数字を稼ぐ方がボーナスを貰える、という仕組みだったので、結局誰も新しいことをやりたがらないのです。これではチャレンジが進まないので、新しいことだけをやる事業開拓チームを立ち上げました。

ヘルスケアやロジスティクス、デジタルファイナンス、プロパティ関連など、ITを使った様々なアイデアが出てきていて、もう少しで形にできそうなところまで来ています。

 

藤田:そのチームの人選には、栗原さんが直接関わられたのですか。

 

栗原:はい。まさに先ほどお話ししたことですが、事業開発チームへのアサインを打診すると『左遷ですか』と言った社員がいました。新しい事業をやるのは窓際族、というイメージが根強くあったのです。嫌がる社員もいたので、会社が新しい事業を求めていて社長が率いるチームなので、将来のNECタイを支えるためにも是非エースに来てほしいのだ、と伝えて説得しました。

 

藤田:タイでそうしたマネジメントに取り組まれ、他国との違いは感じられましたか?

 

栗原:感じました。コロナが流行り始めた頃の話ですが、在宅勤務を命じるとインドネシアでは社員が皆喜んで帰っていったのです。ところが家にインターネット環境がない人も多く、いざ在宅してみるとオンライン会議ができない、ということがありました。そのため、会社から補助を出す制度ができて、社員の家にネット回線を敷きました。プリンターは流石に全員には買えなかったのですが、決まった社員の家に設置し、そこから運転手を使い書類をデリバリーするなど、後追いで出てきた問題に対し、自主的に解決策を見出してくれました。

 

藤田:インドネシアでは、解決のための提案や要望がメンバーから出てくるのですね。

 

栗原:ところが、タイでは皆、在宅勤務をしないのです。家にプリンターがないからと言って書類をプリントアウトしに来たり、上司のサインをもらうためだけに会社に来るのです。今までやっていたことをそのまま継続しようとするのです。インドネシアでは制度を変える方向に話が進みますが、タイでは制度を変えず自分を犠牲にしてしまう人が多いのです。

 

藤田:違いがとてもよくわかるお話ですね。スタートアップが生まれない背景にも遠因がありそうです。

 

栗原:タイは財閥がとても強いので、スタートアップが出てきても潰されたり吸収されたり、ということもあるそうですが、やはり国民性の部分が大きいと思います。

 

藤田:インドネシアでは、スタートアップはどのようにみられていらっしゃいますか。

 

栗原:法制度が緩く、賢い人がグレーゾーンを突いて新規事業を作り出すのです。GOJEKが良い例ですが、政府は市民権を得ているサービスにはNOと言わないので、後追いで制度ができます。

 

藤田:おもしろいですね。

 

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栗原:タイ社内もだいぶ変わってはきましたが、まだまだ過去のカルチャーは根強く残っています。新しいことをやる時はリスクがつきものですが、コーポレート側のファイナンススタッフに、リスクがあるからとNOを出されると諦めてしまう人が多いです。どうリスクヘッジするかを考えないといけないのに、ダメと言われたらそこで考えることを止めてしまう。新しいことにチャレンジしないと、というマインドの醸成に心を砕いています。

この間、キックオフを実施したのですが、前期と同じことを話すのはおもしろくないので”自分の新しいチャレンジ”について発表するよう指示しました。無いなら発表しなくていい、とわざと伝えたのですが、新しいことをやっていないので発表しないと言ってきた部長がいました。「社内で啓蒙していることなので取り組んでほしい。今やっていなくても、こんなことをやりたいという未来の話でもいい」と説得して発表させました。

 

藤田:根気強くコミュニケーションを取られているところに、栗原さんらしさを感じます。

 

栗原:私だけが一生懸命頑張っても限界がある、と思っています。今230人ほどの社員がいますが、全員が10%効率アップすれば23人分のパフォーマンスが得られるわけです。私がどんなに働いても23人分の仕事はできないので、ローカルスタッフの皆さんに、いかに効率良く気持ちよく働いてもらうか、を考えるようになりました。

 

皆のやる気を引き出して盛り上げること、環境を整えてモチベーションを上げることが私の仕事だと思っています。現場で何に困っているかなどをヒアリングするために、2つの新しい取り組みを始めました。

 

藤田:とても興味があります。

 

栗原:1つめは、「コーヒーモーニング」です。オンライン上の集まりで、出席の強制はせず軽いノリで始めたものなのですが、皆とシェアしたいことや業務上リマインドしておきたいことなど、在宅勤務で不足しがちなコミュニケーションを補うために話してもらっています。私の方からは、他部署の動きや事例の共有、RHQで聞いた他国での取り組みなどを伝えています。2つめは「タウンホールミーティング」です。決まったテーマで何かをやるというものではなく、全従業員を15〜20人程度のグループに分け、全10回実施しました。

そこでは、改善したいことや困りごとなどをヒアリングしているのですが、1人1回必ず発言すること、というルールを設けています。上司がいると発言しにくくなると思い、メンバーと上司は同じ回にならないようなグループ分けを人事に依頼しました。そこで出たコメントを元に新しいレギュレーションを作るなどして、声を上げれば会社は動いてくれる、というところを見せました。

 

藤田:風通しが良くなりますね。

 

栗原:社長が首を突っ込んでくると嫌がる現場は多いと思いますが、「ああしろ!こうしろ!」とお尻を叩くのではなく、困りごとを吸い上げるために声をかけています。直属の上司に言うとNGを出されることが多いらしく、私から言えば誰も反対しないので(笑)、少しずつ社員の希望を叶えていっています。

 

藤田:発言が形になると、社員の方も手応えを感じますよね。

 

栗原:他にも、タウンホールミーティングをきっかけに人事制度が変わりました。昇格基準のひとつにTOEICスコアがあったのですが、フィールドエンジニアで、対人スキルもあり優秀なのに、TOEICスコアだけが足りず昇格できない社員がいました。英語力が必要かどうかはポジションによるので、本社人事に相談しました。

日本でも一時期TOEICスコアが昇格条件に課されたことがあったそうなのですが、ポジション次第とのことで今はなくなっています。他の現地法人でも、英語力を昇格条件としているところはないと聞いたのです。そのため、英語が不要なポジションを精査し、昇格条件からTOEICを削除しました。

 

藤田:実情に見合った制度へと変わったのですね。

 

栗原:これもマネージャー層としか話していなければ気付かないことだったので、タウンホールミーティングの成果だったと思います。

 

藤田:現地のメンバーが、当初は「言っても仕方ない」と感じていたところからすると、とても大きな変化ですね。

 

栗原社長の価値観

藤田:もう少し、栗原さんの価値観が形成される経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか。例えば、最近の象徴的な成果からお伺いしても良いでしょうか。

 

栗原:インドネシアの社長になった18年にアジア競技大会という大きな国家イベントがあり、そこでスタジアム関連など大きな案件を取れたことで、NEC社内でも成功事例として取り上げてもらいました。これは、16年から大会の開催を見据えて蒔いておいた種が実を結んだ成果でした。

 

藤田:好調だったのにそこへコロナが来てしまったのですね。

 

栗原:そうですね。コロナで環境が悪化している中で、さらにタイへ赴任するというふたつの変化が重なったことがありました。やはり現地赴任すると新しい役割、新しい生活があるので、どうしても浮き沈みは激しくなりますね。最初の2〜3年は勉強、修行の時期だと思っています。3年ぐらい経つと現地で自分なりの人脈ができてマーケットの状況や競合もわかってくるようになります。そこから自分なりの戦略ができて、実績を作る楽しみができてきます。

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藤田:そうした浮き沈みがありながらも、根っこで大切にしていらっしゃるのはどういった点でしょうか。

 

栗原:ビジネスは、人ありきなのですよ。特にアジアはそれが強いと思います。NECがどんなに良い製品を持ってきても、お客さんとの関係がしっかり構築できていないと売れません。

 

藤田:栗原さんが人を大切にされているというのは端々から感じます。

 

栗原:社長になると、自分の成功だけを追うのではなく、社員をどうやって成長させるかも考えないといけないと思っています。組織としての目標に向かっているという姿勢が大切だと考えます。

 

藤田:そのようなお考えに至ったのは、過去のご経験やご両親の影響などからでしょうか?

 

栗原:最近、社内研修などで内省をすることが多いのですが、自分で物事を進めるというよりは、自他ともに認める調整型であるという自己認識に至っています。3人きょうだいの真ん中で、姉と妹に挟まれてきました。結果、喧嘩になると絶対負けるのですよ。なので、できるだけ争わずうまくバランスを取る、最適解を探す、というのを小さい頃からずっとやっていましたね。大学時代は野球サークルに入っていたのですが、レギュラーを獲って活躍するのではなくベンチウォーマーでした。飲み会では主役でしたが(笑)

 

藤田:まさに盛り上げ役ですね(笑)

 

栗原:会社に入っても調整役が多かったので、カリスマ社長のようにぐいぐい引っ張るよりは、みんなと一緒に頑張る、というイメージですね。

 

藤田:そうしたスタイルに落ち着いたタイミングはいつでしたか。

 

栗原:インドネシアの社長になる前あたりですね。部長クラスになると、社内のリーダーシップ研修で強み弱みの洗い出しなどを行うのですが、やはり同じような結果になるのです。それで調整型を強みにしよう、調整型のリーダーになろうと思いましたね。

 

藤田:今回の構造改革については、調整は難しいのではないでしょうか。

 

栗原:そうですね。今まではなるべく敵を作らないやり方でやってきましたが、今回は、反対を受けてもやらざるを得ないと思っています。やはり会社として利益を追求しないといけないので、RHQと相談しながら、この危機を乗り切りたいと思っています。

 

藤田:そうした難しい局面においても、人そのものや現地の事情を大切にされる栗原さんだからこそタイの方にも理解を得られているのではと感じます。

 

栗原:先にお話ししたように、発展途上国へ思い入れがあったことが大きいと思います。父が商社勤務でアジアによく出張に行っていたので、海外の中でも特にアジアに憧れがありました。アジアの感覚を理解しているという自負もありますし、アジアに対する愛着はとても強いです。ここまできたら逆にアジア以外やりたくないと思っています。

 

藤田:発展途上国のインフラに貢献、という思いは変わっていらっしゃいませんか。

 

栗原:ずっと変わらないですね。その中でも特にインドネシアとタイは自分を育ててくれたところなので、希望通りにずっと変わらず担当させてくれているNECには感謝しています。アジアの人のためにもっと貢献したい、還元したいという気持ちでこれからもやっていきます。

 

藤田:貴重なお話をありがとうございました。

 

取材日:2023年3月9日
※インタビュー記事に記載の内容や、登場人物の所属・肩書は、インタビュー時点での情報です。

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