22 May 2023
(写真左から) 東レインターナショナル シンガポール 馬場社長、SPEEDA ASEAN CEO 内藤靖統
SPEEDA ASEANでは、ASEAN市場で挑戦している皆様を、経済情報とコミュニティ作りを通してご支援しています。
「経営者に聞く」インタビューシリーズでは、ASEAN地域で事業展開する日系企業の代表者の方々に、ご自身の経営哲学や信念、海外事業経営の醍醐味(挑戦の難しさと面白さ)をお伺いし、ご本人と会社の魅力を読者の方々にお届けする企画です。
今回は、SPEEDA ASEAN CEOの内藤靖統が、東レインターナショナル シンガポール社長の馬場孝一郎 氏にお話しを伺ってきました。
TORAYのシンガポールでの役割
内藤:今年シンガポール日本商工会議所の会頭にも就任された馬場様ですが、シンガポールに赴任されたのはいつでしょうか。また、東レインターナショナルシンガポールでは、どのような事業展開をされていらっしゃいますか。
馬場:シンガポールには2回目の赴任で、今回は2020年に赴任してまいりました。また、東レインターナショナルシンガポールは、東レの東南アジア地域における営業の先兵として1982に設立し、昨年が設立40周年でした。
シンガポールには東レの製造拠点はありませんが、当社はシンガポールのみならず、東南アジア、インド、スリランカなど幅広い地域で東レ製品の販売を行っております。
また、マレーシアのペナンにあるグループ会社のABS樹脂工場向けの原料モノマーの購買もシンガポール拠点の重要な役割です。とはいえ、こちらの購買業務は先方のグループ会社の製造計画に合わせて商売が拡縮してしまうので、自助努力により商売を拡大できる、販売業務の方に、より力を入れています。
事業経営の面白さと難しさ
内藤:これまでの駐在を通じて、シンガポールで勤務される面白さや現在の事業経営の面白さ、難しさなどを教えてください。
馬場:1回目の駐在の時は営業として7年間シンガポールにおり、国内やアセアン各国を飛び回りながら仕事ができたのは楽しかったですね。当時は、プラスチック製品の販売を統括していましたが、顧客となる日系製造業も伸びていたので実績もついてきていました。
今回は社長としての再赴任ですが、現在までに当社の素材を使っていただける製造業の多くがシンガポールを出てしまっていることを考えると、より付加価値の高い商品の開発を進める必要があります。シンガポールおよび周辺国のローカル企業・欧米企業向けの製品開発および営業を進めていく、というところがチャレンジであり、醍醐味ですね。
シンガポールを活かした新しいチャレンジ
内藤:シンガポールではどのような新規事業や取り組みを展開されていますか。
馬場:2022年6月に「東レシンガポール研究センター」(TSRC: Toray Singapore Research Center)を開所しました。同研究所は、半導体や電子回路材料などの部品に必要な電情材の研究を行うR&D拠点として新設しました。
内藤:なぜシンガポールだったのでしょうか。
馬場:ここでは、東レ本社の研究拠点との連携のみならず、シンガポールの政府系半導体研究機関であるIME(Institute of Microelectronics)や、現地の大学との連携も強化していく狙いがあります。
IMEのコンソーシアムには2016年から参画していましたが、実際にシンガポールにR&D拠点を置くことで、より一層連携を強めることが可能になります。シンガポールという立地の強みも生かして、ASEANの顧客の技術サポートもできますし、ASEANの顧客ニーズを当地シンガポールで受けて、開発に反映していくことも可能になっています。
内藤:シンガポール政府も半導体産業のさらなる成長に注力していますし、その国家戦略にあわせたR&D機能の強化ということですね。
シンガポール、インド、再びシンガポールへ
内藤:どのようなキャリアを経て今回のシンガポールの社長就任となったのでしょうか。
馬場:私は1988年に東レに入社して、最初のシンガポール駐在のチャンスが巡ってきたのは95年でした。1995年から2002年までの7年の駐在期間中は仕事もプライベートも非常に充実しておりました。
そして、日本には戻りたくないと強く思いながらも、シンガポールでの7年の任期が終わりを迎えてしまい、日本の営業部に戻りました。
内藤:長いシンガポール駐在でしたね。とはいえ、まだまだ名残惜しい部分を残しながらのご帰任だったと。
馬場:はい、いったん大人しく日本に帰りつつも、ずっと上司や人事には「またいつか絶対に、シンガポールに駐在したい」と言い続けていました。そうこうしているうちに、今度はインドに新しい営業拠点を作るということで、社内公募がありました。「少しでもシンガポールに近いところに居たい」そう思って手を挙げました(笑)。
内藤:インド駐在に手を挙げるのは勇気が要りますね(笑)。
馬場:インドは人気がないかと思いきや、30人くらいの応募があったそうです。ありがたいことに2011年から2017年までの6年間、現地法人の社長を任され、ムンバイに駐在しました。
経理から総務、ITまで全部マネジメントすることになり、非常にいい経験をさせてもらいました。また、立ち上げ期のため、社内でもちょっとしたインドブームが沸き起こり、本社の色んな部署の人が支援や営業に来てくれ、自分の顔と名前を覚えてもらい、社内の人脈も一気に広がりました。
毎日がハプニングのインドで開いた突破口
内藤:インドでのハプニングや印象に残った出来事をお聞かせください。
馬場:とにかくエブリデイがハプニングでしたね(笑)。仕事も生活も。マネジメントをしながら営業活動もして、インド中を飛び回って、各地のインド料理を食べて、どっぷりインドに漬かりました。
事業で印象に残った出来事としては、当時、インドの風力発電の事業分野に日系企業として斬り込みたいと思っていまして。風車メーカーに対して、風車のブレードに使う炭素繊維素材の営業提案に行っていました。
外資勢が占めているなかで、我々の素材を買って採用してもらえた時は本当に嬉しかったですし、インド拠点として新しい分野の突破口を開いてみせた思い出の出来事でしたね。また、樹脂コンパウンドのスキームを作ったり、水処理用のRO膜のビジネスも拡大することができました。
内藤:インドが成長して行く中で、電力需要や水需要の伸びを支えられるようなお仕事だったんですね。事業開発にあたっては、どのように現地メンバーを指揮されていたのでしょうか。
馬場:私は社長として必要であればトップ同士の挨拶などに行きますが、交渉などは基本的にはインド人メンバーや他の日本人駐在員に任せていました。任せるのも仕事だと思っています。一方で、営業数字の見方やITツールの使いこなし方など、経営の効率化に向けた指導には力を入れました。
内藤:その後、日本の本社に戻ってから、どのようにしてシンガポール駐在のチャンスが巡ってきたのでしょうか。
自分の思いを伝え続ける
馬場:シンガポールに限って言えば、2度の駐在経験したことのある人は東レにはいません。半ばあきらめてたところでしたので、再びシンガポールへの異動を聞かされた時は、非常に驚いたと同時に不思議なこともあるものだなと思いました。
2002年からずっと周囲や人事に言い続けていた「いつか絶対またシンガポールに戻りたい」という願いが、約20年越しに叶いました。
内藤:インドを経て念願のシンガポールに戻られたのですね。
馬場:私のメンバーにも言っていますが、自分は何をやりたいのか、何が好きなのか、周囲に発信することが大事だと伝えています。
最近の気になるトレンドやトピックはCCUS
内藤:昨今、ChatGPTや地政学リスクなど、様々なトレンドが話題になっているかと思います。馬場社長が個人的に気になっているトレンドやトピックは何かありますでしょうか。
馬場:以前からCCUS*や人工光合成は気になっており、脱炭素関係の話題は定期的にチェックしています。個人としても気になりますが、会社としても、リサイクルやバイオケミカルなどの、サステナ関連のトピックにはアンテナを張っています。
*Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage
経営の「現地化」へのチャレンジ
内藤:新しい市場に進出した企業が、いかに事業の現地化を図るかというのはどの企業にも共通の課題かと思います。御社ではどのような取り組みをされていますでしょうか。
馬場:組織面では、東レグループにはナショナルスタッフのマネジメント登用制度や基幹人材を育てるためのプログラムがあります。
社内制度以外にも、優秀なローカル人材の獲得・採用にも挑戦しています。先ほどのTSRC(R&D拠点)の開設時には、半導体の技術開発分野での実績を持つ優秀で日本語の堪能な社員が入社してくれました。
阿吽の呼吸に溺れず、積極的に変化を
内藤:一般に人材マネジメントにおいては、採用、育成、登用とそれぞれの場面での工夫を意識されると思います。採用後のお取り組みとしてはどのようなことに気を遣っていらっしゃいますか?
馬場:当社はローカル人材の離職率が低いと思います。しかしながら社歴が長ければ長いほど、変化を好まなくなる、という側面はあると思います。
そこで、私自身も気を付けなければいけないと思っていることがあります。東レ流のやり方やスタイルが、なんとなく阿吽の呼吸でわかる ”やりやすさ” に溺れてはいけないということです。
仕事がしやすいのは良いことではありますが、東レのスタイルに染まる・染めるのではなく、外での経験を生かしながら積極的に変化を作り出していってほしい。私自身もそういったメッセージを出し続けなければと思っています。
嫌いなことはやらない。好きなことをやる
内藤:馬場社長の経営スタイルや信念についてお聞かせください。
馬場:誤解を恐れず端的に言うと「嫌いなことはやらない。好きなことをやる」です。これは私自身が大事にしていることでもあり、社員にもそうあってほしいと思っていることです。
人間だれしも、異なる強みと弱みを持っています。無理やり苦手なことを克服しようとするよりも、得意なことに目を向けて、最大限それを生かしていこうとする。苦手なことは他の力を借りる。そういった信念を持ってやっていると、人も組織も成長していくと思っています。
さきほどの話題に出た、R&D拠点のローカル研究員についても同様のことが言えます。現地の研究員だからこそできることは何か。本人の強みを活かしてどんな研究が可能か、を意識することが大事だと思っています。
日本語もできる研究員なので、ついつい日本語でのレポーティング資料の作成なども任せたくなってしまいますが、ペーパーワークや本社との調整業務などに追われて、本来の研究開発業務に割く時間がなくなってしまっては本末転倒だと思います。彼女やTSRCならではの強みや可能性を潰さないように意識しています。
内藤:忙しい毎日を送られていると思いますが、どのように気分転換をされていますか?
馬場:インドにいた時は単身赴任だったこともあり、プレイステーションにはまって「龍が如く」シリーズをやりこんでいました。エンターテインメントのすべての要素が詰まった素晴らしいゲームです。
シンガポールに来てからは、ゴルフを楽しんでいます。最近は週1でやっています。また、今年度は商工会の活動もよい気分転換になっています。今年は商工会会頭を拝命し「強く、誇り高く、日本をアピール」を基本方針に、シンガポールから日本を元気にしていくことを目標に活動していきます。
願いが叶って再び赴任したシンガポールで、ビジネスもプライベートも充実した日々を送っています。
内藤:本日はお忙しい中、馬場様の体験談に基づく貴重なお話をありがとうございました。私も現在シンガポール商工会議所の編集委員を務めており、今後も接点があるかもしれませんので、どうぞ宜しくお願いいたします。私も本業のみならず、様々な活動を通して日系企業の皆様との関わりを広げていきたいと思います。
取材日:2022年4月6日
本記事に記載の内容や所属・肩書は、取材時点での情報になります。
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