Trend Reports
ASEANのグリーン水素市場
水素市場は、グレー水素からグリーン水素へ
現在の水素市場は、化石燃料を原料とするグレー水素が中心であり、精製、肥料生産、鉄鋼製造などの産業用途で広く利用されている。その中で、東南アジアは、クリーンエネルギーシステムへの移行において重要な転換点を迎えているといえるだろう。
ASEANは、今後よりクリーンな水素を導入していくことを目指している。特に、再生可能エネルギーを用いた電解によるグリーン水素は最終目標であるとされている。2050年までに水素市場の大部分をグリーン水素が占めると予測されており、再生可能エネルギーインフラの発展と政策フレームワークの整備が推進のカギとなるだろう。将来的には、太陽光発電、水力発電、風力発電といった豊富な再生可能エネルギー資源を活用し、大規模な水素生産を支えることで、世界的な水素経済の主要プレイヤーとなることが予想されている。
また、ASEANにおける水素需要は大幅な増加が見込まれている。その背景には、脱炭素化の取り組みや輸送、発電、産業プロセスなど、幅広い用途での水素利用の拡大がある。ただし、現在は高い生産コスト、未整備のインフラ、政策の課題といった課題が存在している。これらを克服していくために、地域的および国際的な戦略的パートナーシップが必要不可欠となるだろう。
グリーン水素が持続可能なエネルギー目標を後押し
グリーン水素は、東南アジアの脱炭素目標を達成するうえで、重要な役割を果たすことが期待されている。再生可能エネルギーを利用して生成されるグリーン水素は、二酸化炭素排出ゼロの実現することができることから、ASEAN地域の持続可能性への取り組みと一致している。精製、アンモニア、メタノール製造といった主要な産業セクターは、グリーン水素の導入により、従来の高炭素排出型のグレー水素プロセスからの脱却が可能となるだろう。
さらに、グリーン水素は、鉄鋼や化学品といった脱炭素が難しいセクターの脱炭素化を促進するだけでなく、日本や韓国といったエネルギー不足の市場への輸出の可能性も秘めている。シンガポール、インドネシア、マレーシアなどで進む水素戦略は、この移行に向けた地域の強い意志を反映している。これらの戦略は国内エネルギー需要に対応するだけでなく、グリーンアンモニアやe-メタノールといった水素派生製品の輸出を通じ、SEAを世界的な水素輸出リーダーに位置付けることを目指している。
また、ASEAN Hydrogen Task ForceやASEANエネルギー協力行動計画(ASEAN Action Plan for Energy Cooperation)といったプラットフォームを通じた国際的な協力や地域間の連携は、グリーン水素経済の拡大に不可欠である。これらのパートナーシップは、インフラ整備や資金調達に関する課題を解決するだけでなく、SEAの取り組みを世界的な脱炭素目標と整合させる役割を果たす。[1]
グリーン水素推進の主な推進要因
東南アジアは、その豊富な再生可能エネルギー資源、各国政府による支援的な法規制、そして国境を越えた協力関係を活用し、グリーン水素経済において重要なグローバルプレーヤーとして急速に台頭している。さらに、サステナビリティへの積極的な取り組みや海外企業とのパートナーシップに支えられ、今後も大規模なグリーン水素プロジェクトの展開が期待されている。東南アジアがグリーン水素のイノベーション拠点としての地位を確立するために欠かせない要因を解説していく。[2]
| 再生可能エネルギー資源の豊富
東南アジアは、グリーン水素の生産に必要な膨大な再生可能エネルギー資源を有している。具体的には、以下の事例が挙げられる:
- ラオスとマレーシアの水力発電
- インドネシアの地熱エネルギー
- 地域全体における太陽光および風力エネルギーの潜在能力
これらの資源を活用することで、ASEANが再生可能エネルギーを基盤とした水素生産のハブとしての地位を確立させ、大規模なグリーン水素プロジェクトへと統合させていくことが期待されている。
| 規制支援
多くのASEAN諸国が、水素に特化した政策を採用し始めており、グリーン水素の導入と産業の成長を促進させている。具体的には、シンガポール、マレーシア、インドネシアでの戦略として、以下のような戦略が策定されている:
- 再生可能エネルギー統合への補助金の提供
- パイロットプロジェクトへの投資
- グローバルステークホルダーとの連携
| 国境を越えた協力
ASEAN Hydrogen Task Forceなどの地域プラットフォームは、ASEAN諸国間での水素開発における協力を推進している。また、日本によるASEANの水素プロジェクトへの関与は、技術的専門知識の提供・資金投資の強化・輸出可能性の向上といった面で大きな価値をもたらしている。
例えば、ブルネイから日本への水素輸出プロジェクトでは、国際的な連携が持つ可能性を実証することができる。このようなパートナーシップが、ASEANのグリーン水素産業の成長を後押ししているといえるだろう。
[1] 参照: PETRONAS | WHA INTERNATIONAL | International Energy Agency (IEA) | Forbes based on Markets and Markets (1) | The World Economic Forum | Sustainable Northern Ireland | DNV
[2] 参照: IEA | Bain and Company | IFC | McKinsey and Company | ERIA | Agora Energiewende | DNV
主な課題
東南アジアは膨大な可能性を秘めている一方で、グリーン水素生産のリーダーとしての地位を確立するという目標に向けて、生産コストの高さ、インフラの制約、規制上の障壁といった、いくつかの重要な課題もまだ残されている。以下主要な課題を解説していく。[3]
| 高い生産コスト
東南アジアにおけるグリーン水素の生産コストは、米国、中東、オーストラリアといった競合地域に比べて著しく高い。他の地域では水素の生産コストが1kgあたり2.5米ドル以下となる場合もあるが、ASEANの水素の均等化コスト(LCOH)は、2030年までに1kgあたり3.5~4.3USDに達すると予測されている。このコスト差は、再生可能エネルギー資源の活用が十分でないことや、グリーン水素インフラの経済的規模の拡大が遅れていることに起因している。
| インフラの不足
ASEANでは、電解槽、炭素回収施設、輸送機構といった重要なインフラが不足している。この不足により、水素の生産と流通の拡大が妨げられている。注目を集めるプロジェクトがいくつか発表されているものの、インフラ開発のペースは依然として遅く、水素経済の成熟への移行がさらに遅れている。
| 政策と規制の障壁
ASEAN諸国間で統一された規制フレームワークが欠如していることが、水素市場の統一化を妨げている。各国の政策の不一致や政府の指針が十分明確にされていないことが、民間投資や地域間の協力を阻害している。このような状況が、水素を競争力のあるエネルギーソリューションに進化させる上で大きな障壁となっている。
[3] 参考: Agora Energiewende | Arthur D. Little
東南アジアの水素バリューチェーンにおける機会
東南アジアのグリーン水素エコシステムは進化を続けており、サプライチェーンの生産、貯蔵、輸送、変換プロセスにおいて以下のように多様なプレイヤーが貢献していることがわかる。以下、各プロセスで活躍するプレイヤーの例である。
- 生産プロセス:Petronas(マレーシア)やPertamina(インドネシア)といった国営エネルギー企業が、再生可能エネルギーの統合や水素生産の取り組みを主導している。たとえば、Petronasは2030年までに年間120万トンのクリーン水素生産を目指しており、Pertaminaは2029年までに7,000トンのクリーン水素を生産する計画である。
- 貯蔵と輸送プロセス:物流企業やインフラ企業が、水素をASEAN全域で輸送する上で重要な役割を果たしている。既存のLNG施設を水素輸送向けに改造する動きが進んでいる。
- 変換プロセスと最終用途:電力会社や産業ユーザーが、発電や産業プロセスへのグリーン水素の活用を進めている。Sembcorp(シンガポール)は、グリーン水素をカーボンニュートラル戦略に組み込むための取り組みを進めている。
[4] Source: S & P Global | MiB Media | VIR | PR Newswire | Argus Media | ACWA Power | Columbia Centre on Global Energy Policy | Straits Research | The Observatory of Economic Complexity (OEC)
| 主な企業:
以下、東南アジアにおけるグリーン水素への移行を先導する主要企業の一例である
- Petronas(マレーシア):ENEOSなどのグローバルパートナーと連携し、日本への水素輸出やメチルシクロヘキサン(MCH)を用いた水素輸送技術を開発中である。
- Pertamina(インドネシア):TEPCOと連携し、水素とアンモニア施設の開発を進め、地熱エネルギーや太陽光発電を生産プロセスに統合した。
- PTT Group(タイ):ACWA PowerやSiemens Energyとの協力により、数十億ドル規模のプロジェクトを通じ、大規模な水素およびグリーンアンモニアの生産をリードする。
- Sembcorp(シンガポール):グリーン水素の生産と輸出を進めるための国境を越えた協力に取り組み、2050年の持続可能性目標に向けた計画を推進している。
| 地域および国際的な協力
水素生産を拡大し、グリーンエネルギー移行を支えるため、地域的および国際的な協力が重要となる。以下、国を超えたパートナーシップの一例である。
- 日本-ASEANの協力:日本がブルネイ-日本間の水素供給チェーンやインドネシア、マレーシア、フィリピンでの共同燃焼プロジェクトを支援。これらの取り組みは、技術移転や市場アクセスを促進している。
- ASEANN Hydrogen Task Force:ASEANエネルギー協力行動計画(ASEAN Action Plan for Energy Cooperation)を通じ、水素戦略の調整を推進する。
- グローバルな連携:Siemens、ENEOS、ACWA Powerといった多国籍企業とのパートナーシップは、技術的専門知識や資金調達をASEANの水素プロジェクトに提供している。
| 注目プロジェクト
- Sarawak H2biscus Project(マレーシア):POSCOやSamsung Engineeringとの協力により、2027年までに20万トンのグリーン水素を生産し、韓国へ輸出予定。
- Lindeの電解槽プラント(シンガポール):地域最大規模の施設で、産業界にグリーン水素を供給し、シンガポールの脱炭素目標に貢献。
- Garuda Hydrogen Hijau(インドネシア):ACWA Powerの支援を受け、2026年までに年間15万トンのグリーンアンモニアを生産予定で、太陽光および風力エネルギーを活用。
ASEANの水素バリューチェーンには、持続可能で国際競争力のあるグリーン水素経済を構築するための膨大な機会が存在する。戦略的なパートナーシップ、地域間のシナジー、強力な産業リーダーシップは、ASEANがグローバルなグリーン水素のハブと成長するための原動力となる。
市場データを活用した投資判断の強化
東南アジアのグリーン水素市場は、投資家や業界関係者にとって変革的な機会を提供している。水力発電、太陽光、地熱エネルギーといった豊富な再生可能エネルギー資源を持ち、地域は世界的な水素経済の中心的な存在となる可能性を秘めている。各国の戦略とグローバルリーダーと強力なパートナーシップを結ぶことは、グリーン水素生産の拡大と重要な脱炭素化目標を達成するために重要である。
| ASEANのグリーン水素市場の可能性
市場予測によると、ASEANにおけるクリーン水素の需要は急速に拡大している。エネルギー、輸送、精製、重工業といった主要セクターでの利用が見込まれ、2050年には水素が地域の最終エネルギー消費の3.6%を占めると予測されている。また、日本や韓国などエネルギー需要の高い市場への輸出が、ASEANの市場成長を大きく後押しするだろう。さらに、再生可能エネルギーを水素生産に統合する能力は、ASEANの競争力と持続可能性を高める要因となっている。これに加え、水素技術の発展と地域との調和が、投資機会を生み出す原動力となるだろう。
| 市場データが戦略的意思決定に果たす役割
このように、市場の主要企業、サプライチェーン、プレイヤー動向に関する理解を以下のように深めていくことで、投資機会を見つけ出すうえで重要である。東南アジアのグリーン水素市場を理解し、必要なデータを収集することで、機会を見つけ出し、複雑な市場でリスクを軽減しながら、戦略的なビジネスプランを立てる。こうしていくことは、東南アジアが持続可能なエネルギーソリューションのグローバルリーダーとしての地位を築く上で重要となる。
東南アジア水素エネルギー市場を理解するために知っておくべきこと
主要企業:Petronas(マレーシア)、Pertamina(インドネシア)、PTT(タイ)などの主なプレイヤーを理解し、提携先を見つけたりプロジェクトの実現可能性評価に役立てる。
サプライチェーン:電解槽や輸送システムといったインフラを分析することで、水素プロジェクトの規模拡大や実現可能性に関する重要な洞察を得る。
海外企業とのパートナーシップ:ASEANの水素プロジェクトに関与する企業を理解し、外部投資の流れや技術移転の可能性について模索する。
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