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経営者インタビュー

経営者に聞く「KDDI Asia Pacific社 松浦 謙太郎 代表取締役社長CEO」トップインタビュー

“コネクティビティ型”でつなぐDC:タイの活況とシンガポール/ベトナムの15年選手

ー御社のデータセンター(DC)事業について詳しく教えてください。

松浦氏:DCビジネスについては、シンガポール・タイ・ベトナムで展開しています。DCはSIとの相性が良く、お客様がご利用される際に必ずSIビジネスが伴います。成長の重要な切り口のひとつですね。近年はハイブリッドクラウドのニーズが増えていることもあり、クラウド構築からコンサルティングまで一気通貫で展開できる体制を整えています。日本国内の子会社である「アイレット」は、クラウドの設計・構築~保守運用を一気通貫でサポートします。現在同社の活用をタイから始めているところです。

シンガポールとベトナムでのDC事業はもう15年選手です。タイでは2023年に新拠点を開設しました。相互接続性と冗長化を重視した「コネクティビティ型」モデルを打ち出し、AWS進出のタイミングと重なったことでクラウド事業者やSIベンダーが集まり、活発なエコシステムが形成されました。

一方、マレーシアではシンガポール隣接のジョホール地域を中心にハイパースケール型DCの建設が急増し、やや過熱感も見られます。当社はサーバー群を大量に並べるのではなく、通信事業者としての強みを活かし、世界各地とシームレスにつながる環境を提供する“接続拠点”の発想で差別化を図っています。

内藤:ありがとうございます。我々のお客様の中にも、DCそのものや、その周辺に広がるビジネス機会に注目されている企業様が多くいらっしゃいます。地政学的な観点から「タイの立地が魅力的だ」という記事も拝見しましたが、その点についてはいかがでしょうか。

松浦氏:そうですね、タイはやはり地政学的にニュートラルな立場にあるのが強みだと思います。中国やアメリカといった国々に対しても中立的で、さらに製造業が非常に多い。そうした点からも、タイには大きなニーズが存在していると感じます。

同じことはマレーシアにも言えますね。地政学的にニュートラルであることに加え、人材の豊富さも魅力です。英語、日本語、タイ語、マレー語、中国語と幅広い言語対応が可能で、これは大きな強みです。個人的には、マレーシアの方がより魅力的なポテンシャルを秘めているのではないかと思っています。

ダッシュボードだけで終わらせないGXの実装力

ー御社で取り組まれているグリーン・トランスフォメーション(GX)について、具体的に教えていただけますか。

松浦氏:当社はASUENE様と連携し、CO₂排出量を可視化するダッシュボードを提供しています。エネルギー消費量をデータとして把握できる仕組みにより、削減効果を定量的に確認することが可能です。こうした「見える化」はシンガポールを中心に需要が高まっており、政策の後押しもあってタイやベトナムへと広がりを見せています。

さらに、我々は可視化にとどまらず、漏れ検知や空調・コンプレッサーの最適化などの具体的ソリューションによって実際の電力削減を実現しています。加えて、ペーパーレス化や業務プロセスの自動化といったコンサルティング的な支援も組み合わせ、企業全体の効率化を後押ししています。単なるダッシュボード提供に終わらず、現場での改善までつなげる「実装力」こそが当社GXの強みです。

ー改めて、御社として現在特に力を入れている領域、あるいは今後のキーワードとして強調しておきたい点があればお聞かせください。

松浦氏:そうですね。M&Aについては積極的に検討していますが、具体的にはまだお話しできない部分も多いです。ただ我々の通信分野でのケーパビリティを補完する意味で、さまざまなM&Aの可能性を模索しています。SI一本柱だった我々にとって、「次に何か新しいものを生み出す」というのがひとつの大きなキーワードになっています。

また、日本では「au経済圏」として通信を柱に、銀行や保険といった多様なサービスを展開していますよね。そうしたモデルを東南アジアにも輸出していきたいと考えています。東南アジアの通信事業者は、この点でまだ取り組みが遅れているのが現状です。

我々としては、この「au経済圏モデル」を現地の通信事業者やコングロマリットと協業しながら展開していきたい。そのために毎週のように各国を飛び回り、パートナーとの連携を進めているところです。

お客様に学ぶ、迅速復旧と継続的改善による持続的な関係

ー松浦様のこれまでのご経歴について、少しお聞かせいただけますか。

松浦氏:私はDDI入社後、2000年のKDD・IDO・DDI合併を機に大手自動車会社の担当となり、これが最初の大きな転機でした。

私はもともとDDI(第二電電)に入社し、その後2000年にKDD、IDO、DDIの3社が合併してKDDIが発足しました。そのタイミングでステークホルダーでもある大手自動車会社様の担当となったのが、最初の大きな転機でした。

当時、私はDDIの中部支社に所属しており、名古屋を拠点に活動していました。合併以前はKDDが同自動車会社様を担当していたこともあり、合併後は「必ず自分が担当する」といる強い想いを持っておりました。DDI時代に法人営業として評価されていたこともあり推薦を受け、念願叶って同社様を担当することになりました。以降12年間にわたり、国内はもちろん、欧米、南米、中国、南アフリカ、ロシアを含む世界各地の拠点、工場を訪問し、数えきれないほど多くの学びを得ることができました。

当時のKDDIの通信インフラは今ほど強固ではなく、お客様の生産ライン停止につながりかねない通信障害が発生しかけたこともありました。その際は本社の技術陣も総動員して徹夜で復旧に取り組み、継続的な改善を重ねた結果、KDDIのネットワークは飛躍的に強化されていきました。この経験を通じて、有事に即応できるスキルと「改善を積み重ねる姿勢」が磨かれ、今の経営における判断力や危機対応力につながっています。

あの時の経験で「モノの見方」や「改善の仕方」に磨きがかかり、今では有事の際に瞬時に動けるスキルが身についたと思います。その積み重ねがあって、今のKDDIの通信ネットワークは、高品質で安定してご提供できております。

このお客様は、困ったときには必ず助けてくださる。利益が出れば分かち合う精神を大切にし、支え合いながらサステナブルに成長していく。このような素晴らしい企業と長年関わらせていただいたことに、今でも大きな感謝の思いがあります。

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