経営者インタビュー
経営者に聞く「KDDI Asia Pacific社 松浦 謙太郎 代表取締役社長CEO」トップインタビュー
ミャンマーで“法人通信”をゼロから──MPT提携と全国ファイバー敷設
松浦氏:大きな転機となったのが、ミャンマー赴任でした。KDDIが同国で通信事業に参入するにあたり、法人事業開拓の責任者として急遽抜擢されたのです。当時は本社の副部長職だったのですが、突然姿を消すような形になったため、周囲からは「最近よく出張しているな」と思われていたでしょう。実際には極秘プロジェクトで、内示が出ても家族以外には一切明かせませんでした。

現地では国営ミャンマーポストテレコム(MPT)と業務提携し、法人向け通信をゼロから立ち上げました。当時の市場はモバイル中心で、銀行の基幹ネットワークですらインターネット回線を利用する脆弱な状況。そこで日本から通信機器を輸入し、国内で培ったBtoBサービスを導入。2014年から2018年の4年間で二桁億円規模の事業に成長し、BtoB部門はわずか数名から約500名規模へと拡大しました。
成長の原動力となったのは銀行や大企業への徹底した営業でした。大手銀行には早期からアプローチし、現地三大銀行の頭取をはじめ有力企業との関係を築きました。この時に得た人脈は宝です。政変後、経済は逆風に直面していますが、当時築いた法人ネットワーク基盤は「低位安定成長」と言われるなかで確固たるインフラとして機能し、将来の回復を支えると信じていますし、また心から願っております。
商社様との共創が支えたAPAC再成長
松浦氏:ミャンマー時代には「将来はAPACの社長に」という夢を描いていましたが、2018年に法人事業本部の法人営業部長として本社へ帰任しました。ここで商社との協業を深く学べたことは、大きな財産になっています。
当時の本部長の強い指示により、某商社様とともに人流分析会社「Geotra」を設立しました。デジタルツインやGPSデータに加え、auが保有する年収や家族構成といった膨大なパーソナルデータを掛け合わせることで、過去の人流分析にとどまらず未来の行動を予測することが可能になりました。例えば「週末にどこへ行くのか」「何を買うのか」といった行動を精度高く想定でき、都市計画やビジネスへの応用が進みました。こうした仕組みは多くのデベロッパーや企業から高い需要を集め、事業は大きく成長しました。
さらに、「KDDIエボルバ」、「りらいあコミュニケーションズ」が合併して誕生した「アウティルスリンク」という業界2位となるコールセンター会社の設立にも携わりました。これらの経験を通じて大手商社様のトップの方々と交流できたことも非常に貴重な経験です。
そして2022年、現職に着任しました。当初はAPACの売上が思うように伸びず、KPIを達成できない状況が続きましたが、着任から約1年半でV字回復させました。現在はCXOの体制を強化し、二桁成長を続けています。前期は120%達成と、非常に順調な状況です。
特にこの成果には、商社様担当の営業時代で培ったネットワークが最大限に活きています。商社様は我々が持たないリレーションや未参入のマーケットを熟知されていますし、東南アジアの財閥系企業とも50年、100年という長期にわたり関係を築かれています。そのケーパビリティは本当に圧倒的で、海外で新規事業を立ち上げる際に欠かせないパートナーだと実感しています。
内藤: 大きなビジネスを展開される上で、商社とのお付き合いはやはり重要ですね。
松浦氏:そうですね。海外において最も頼りになる存在だと思います。商社の方々はあらゆる事象を理解されており、特に危機管理においては最強のメソッドを持っています。
例えば、ダッカやミャンマーで政治的な混乱が起きたとき、あるいはインドネシアで地震が発生したときなど、さまざまな難局に直面しました。そうした際、私が真っ先に確認するのは「商社の方々がどのように動いているか」です。退避するのか、留まるのか。その判断がとても早いのです。具体的な方法まで示していただけるので、そのメソッドをすぐに自社に取り入れて行動に移しましたね。
危機管理の面では、商社の方々が一番長けていますし、やはり現地に深く根差して活動されているからこそ可能なのだと思います。改めて素晴らしい存在だと感じます。
内藤:ありがとうございます。
直球で魂を込めて伝える――拠点をつなぐ言葉の力
ーご自身の経営スタイルや価値観、信念について伺いたいと思います。リーダーシップのあり方や、部下・メンバーとのコミュニケーションで大切にされている点についてお聞かせください。
松浦氏:そうですね、月並みかもしれませんが、やはり「愛情を持って接する」ことを大切にしています。その一方で、自分では本音を魂を込めて直球で皆さんに伝えるようにしております。ただ、根底に人間関係がしっかりしていれば簡単には崩れないと信じています。
毎週行われるAPAC会議では各国の拠点長を集めて強いメッセージを伝えているのですが、よく口にするのは「勉強しないと負ける」という言葉です。能力が突出している人もいますが、15ケ国の拠点長は同じ発射台に立っている以上、努力しなければ負ける。だからこそ私は「勉強しろ」「本を読め」と繰り返し伝えています。最終的にどこに向かってゴールするのかを考える時間を持つことが大切であり、それを毎週10分程度、魂を込めて語っています。各拠点長はそれぞれ社長として責任ある立場にいますので、キャリアについても常に話をしています。彼らのキャリアは私自身も責任を持つべきものだと思っていますので。

また、毎朝の朝礼でも必ず自分から一言メッセージを伝えるようにしています。特にナショナルスタッフには、「ここで一緒に働けていることへの感謝」と「その国への貢献」をしっかり自分の口で伝えたい。他のアジア拠点長にも「朝礼では必ず一言話すこと」「ナショナルスタッフへの感謝を必ず伝えること」を徹底しています。そういう小さな積み重ねこそが信頼関係を築くうえで一番大事です。
内藤:日本人社員とナショナルスタッフとで、接し方に共通点や違いはありますか。
松浦氏:日本人に対しては、ナショナルスタッフの規範となるよう結構厳しく接しています。私は「出向者の心得」というものを作っており、KDDIの代表として出向している以上は単に仕事をするだけでなく、ナショナルスタッフの方々に感謝し、尊敬の気持ちを持って動くべきだと伝えています。
結局のところ、我々の事業が成り立っているのはナショナルスタッフの皆さんのおかげであり、その土地やお客様のことを一番理解しているのも彼らです。決して「我々が上に立っているのではない」ということを忘れてはいけません。ところが、この点を勘違いしてしまう人が少なくない。だからこそ、そこは強く意識させています。
「出向者の心得」の中には「出張者を守る」ということも明記しています。出張で来る方々は現地の事情を知らないことも多く、トラブルに巻き込まれることもあります。だからこそ、出向者はその役割をしっかり果たし、義務を全うしなければならない。
一方でナショナルスタッフに対しては、KDDIという会社の社風や日本本社の存在をもっとリスペクトしてほしいと考えています。そのために各種アワードを設けて優秀な人材を日本に連れて行くようにしていますが、帰ってきた時の彼らの表情は本当に目がキラキラしているんですよ。
感じるのは2つです。ひとつは「KDDIってこんなに大きな会社だったんだ」と実感すること。各国では200人規模の中小企業に見えるかもしれませんが、日本本社を知ることで視座が変わるんです。もうひとつは「やっぱり日本って素晴らしい」という気持ちです。彼らは“日本ラブ”になって帰ってきますし、相乗効果で私たち日本人へのリスペクトも高まっております。今は円安も追い風となり、ダブルの効果で日本を体感することの価値がさらに高まっていると思います。
明るく、素直に――学びを続け、成果に変える
ー座右の銘のようなものはございます
松浦氏:強いて挙げるなら「明るく、素直に」でしょうか。松下幸之助さんの著書で「素直が一番」と強調されていたことに深く共感しましたし、ある商社様から「KDDIは素直で真面目な会社ですね」と言われた時は非常に嬉しく思いました。これからもその姿勢を大切にしていきたいと思います。
学びの面では、稲盛和夫さんの『実学──経営と会計』に強い影響を受けました。管理会計の重要性を痛感し、自腹で会計事務所の合宿講義に参加。その後、APAC各拠点長のためにも特別講義を依頼し、全員で理解を深めました。単なる数字の扱い方にとどまらず、経営に必要な哲学的視点も養えた非常に大きな経験でした。その成果として「数字がギューッと筋肉質になる感覚」を実感し、無駄を省きながら「売上最大・経費最小」を徹底できるようになったことが、利益拡大につながっていると思います。

最近は「もう大丈夫」と思える領域は他のCXOに任せ、自らは新規ビジネスの創出に注力しています。それでも学び続ける姿勢は変わらず、週末には意識的にリセットの時間を持つようにしています。カフェなどで本を読みながらリラックスし、将来を考える時間を確保することを心掛けています。これは松下幸之助さんの教えである「週末の一日は休養、もう一日は思索に充てる」を意識したものです。もっとも実際にはゴルフや出張で忙しいことも多いのですが、少なくともどちらかの午前中だけでも“考える時間”を設けるようにしています。
内藤:単なる自己研鑽ではなく、仕事にもつながる向上心ですよね。ご自身が「自腹でも勉強して情報収集しよう」と思うようになったきっかけは何だったのでしょうか。
松浦氏:きっかけは単純で、「勉強したら勝てる」と思ったからです。最初にマイクロソフトのMCPを取得したのはWindows3.1の時代で、名刺に刷って持参すると必ずお客様から反応があり、大きな武器になりました。その後も自腹でNTサーバーのソフトを購入して資格を取り、マイクロソフト系で5つほど取得しました。
やがてCISCOが注目され、2000年頃にCCNAを取得。今では珍しくないですが、当時は営業で持っている人はほとんどおらず、「営業なのにCCNAを持っているのか」と驚かれ、信頼度が大きく高まりました。こうした経験から、お客様や周囲の態度が変わることを実感し、以降はマネジメントやリーダーシップなど経営領域の学びへと広げていきました。
ラストワンマイルで勝負する

内藤:ご趣味は?先ほど週末にゴルフもされると仰っていましたが。
松浦氏:山登りが好きで、こちらに来てからも自然の中を歩くことが多いです。一時期はマックリッチ自然公園にハマっていました。あそこは一周すると15キロほどありますが、仲間を5〜6人連れて歩き、山登りのときと同じようにコーヒーを持参して、道中でコーヒーをドリップして振る舞うんです。とても景色が良く、特にお気に入りのビューポイントがあって、そこで「ここで一杯やろう」とコーヒーを淹れるのが楽しみでした。歩き切った後は近くの美味しいチキンライスの店に立ち寄り、またお洒落なカフェでコーヒーを飲んで解散する、そんなパターンをよくやっていました。最近はなかなか行けていませんが、また再開したいと思っています。
ゴルフもします。最近のスタイルは、ドライバー満振りして、セカンドからはアイアンだけでアプローチで勝負。通信事業でよく使う「ラストワンマイル」という言葉がありますが、ゴルフでも同じでグリーン周りをラストワンマイルと評し、「ラストワンマイルで勝負」します。。。
内藤:本日は貴重なお時間をありがとうございました。
取材日:2025年8月18日
※インタビュー記事に記載の内容や、登場人物の所属・肩書は、インタビュー時点での情報です。
