経営者インタビュー
経営者に聞く「東芝アジア・パシフィック社 橋本和俊マネージング・ディレクター」トップインタビュー

GX・DX・東南アジア / インド市場の可能性
ー 東南アジアでのGX(グリーントランスフォーメーション)の取り組みについてお聞かせください。
橋本氏: タイやベトナムにおいては、水力発電が中心のエネルギーソリューションになると考えています。私たちが注力するのは送配電の分野やエネルギー関連のエンジニアリング事業です。
ベトナムでは、地熱発電を除き火力発電所の新規建設が基本的に停止しているため、既存の発電所のメンテナンスや、最新の石炭火力技術の導入によるCO2削減が主な取り組みとなっています。
内藤: エネルギー分野では、特にどのような取り組みを進めていく予定ですか?
橋本氏: エネルギー関連は、我々が最も注力している分野の一つです。特に東南アジアでは、送配電ビジネスの活性化に加え、電気の蓄電やスマートな利用方法の開発に取り組んでいます。また、地熱発電やカーボンキャプチャー(CCUS)など、持続可能なエネルギー事業にも積極的に取り組んでいます。
ASEAN全体の視点で見ると、水処理ソリューションにも大きな可能性があります。例えば、ベトナムのハロン湾の汚染問題は深刻であり、国際的な対応が求められています。私たちは、インドで展開しているウォーターソリューション技術を応用し、各国の水処理規制に沿った適切な技術提供を進めています。
また、インドでは送配電関連の製造拠点を持ち、ASEAN諸国や世界市場に向けた供給拠点としての機能も果たしています。インドの市場は非常に大きなポテンシャルを持っていますが、その成長時期や規模を正確に予測することは困難です。そのため、私たちはインドを拠点に、ASEANや世界市場に向けた長期的な事業展開を行っています。
ー DX(デジタルトランスフォーメーション)について、特に東南アジアで取り組まれていることを教えてください。
橋本氏:エネルギーの脱炭素化への対応と新しいエネルギーの導入を推進する中で、弊社の4つの事業領域の一つにデジタルがあり、インフラやデバイスとともに一つのポートフォリオとしてDXを展開しています。
現在、特に東南アジアでは、製造業向けのDX提案型製品やサービスを中心に展開しており、日本側からの技術サポートを活用しながら、工場向けのITシステムの提供を進めています。この製造業向けとは、主に製造現場向けのソリューションが中心です。工場のオペレーション改善や工場全体の効率化を目指すシステムを提供しています。また、政府機関向けの気象予報システムの導入も進めており、AIを活用して予測の精度を向上させる取り組みも行っています。
内藤: インド市場の活用と事業展開については、どのようにお考えでしょうか?
橋本氏: インドでは2010年代から水処理や送配電に関するM&Aや合弁事業を進めてきました。例えば、水処理では2014年にUEM Indiaへの出資を行い、現在は100%子会社化しています。送配電分野では2013年にヴィジャイ(Vijai)エレクトリカル社と提携し、グローバル市場向けのスイッチギアや配電設備の製造拠点を確立しています。
インドをASEANや世界市場向けの供給拠点として活用し、持続可能な成長を実現するための長期的な事業展開を進めています。
内藤: 東南アジアを起点とした新たな業務提携や資本提携については、どのようにお考えですか?
橋本氏: 現在、積極的な資本提携はあまり進めていませんが、技術開発のパートナーシップには注力しています。例えば、シンガポールでは量子暗号通信技術(QKD)を手掛けるスペクトラル社と共同開発の話を進めています。出資よりも、技術協力を通じた価値創出を重視しているのが、現在の方針です。
中国での学びが、ASEAN市場戦略に生きる
ー 中国企業が現在東南アジアで勢いを増しており、日系企業にとって競争環境が厳しくなっていると考えます。橋本さんの中国でのご経験や、御社の東南アジア事業における中国企業の影響についてどのようにお考えでしょうか?
橋本:ここ数年、中国企業は特にEV産業などで急速に成長しています。私は2012年に中国へ赴任しましたが、ちょうど習近平政権の始まりの年であり、日中関係が尖閣諸島問題で悪化していた時期でもありました。しかし、それ以上に驚いたのは、中国企業が新たなステージへ移行するタイミングだったということです。
1990年代、世界中の企業が中国を製造拠点として投資し、工場を建設していました。当時、中国の工場では低コストの労働力を活用して製品を組み立て、輸出するというモデルが主流でした。しかし、2010年代に入ると、その状況が変わり始めました。
例えば、2010年に創業したシャオミは、当初は国内市場向けにスマートフォンを展開していましたが、急速に成長し、現在では世界3位のスマートフォンメーカーとなりました。同様に、ファーウェイやEVメーカーのBYDなども世界市場での存在感を増しています。中国企業は、かつての輸出志向の企業から、グローバル市場を視野に入れた企業へと変貌を遂げました。
東南アジアにおいても、中国企業の影響力は拡大しています。例えば、インドネシアの高速鉄道プロジェクトは中国企業が受注し、既に開業しています。最終的な費用が当初予定の3割増しになったものの、バンドンまでの移動時間が3時間から45分に短縮されるなど、インフラ開発にも大きな影響を与えています。
こうした状況の中、日系企業は東南アジア市場をどのように見ているのかが重要です。中国の14億人がまず7億人の東南アジア市場に目を向けている一方で、日本の企業がどれほどこの市場を意識しているのかという点には、まだ温度差を感じます。
しかし、弊社ではすでに積極的に取り組んでおり、例えばインドネシアでは地熱発電プロジェクトを受注し、マレーシアではテナガ・ナショナルグループとCCUSプロジェクトを進めています。また、タイでは新たにパワー半導体の組み立てを開始するなど、東南アジア市場での事業展開を加速させています。
内藤:中国企業が東南アジア市場への展開を加速する状況についてですが、米中対立や中国の景気低迷の影響で、中国企業の余剰プロダクトが東南アジアに流れ込んでいるように見えます。中国企業との競争環境についてどのように捉えていますか?
橋本:インフラ関連では競争関係にありますが、一方で協力関係も存在します。インフラ事業は、一社だけで全てを担うのが難しいため、日系企業だけでなく、韓国や中国の企業と連携して取り組むケースも多いです。
また、米中対立の影響で中国企業が生産拠点をシフトする動きも見られます。そのため、東南アジアの国々が受け皿を用意し、中国企業の製品や事業を取り込む流れが加速しています。弊社としても、中国企業を顧客とするケースや、その流れに対応する形でビジネスを進めることがあります。
内藤:積極的にビジネスチャンスを取りに行くというイメージでしょうか?
橋本:そうですね。ただ、どの分野・レイヤーにおいてビジネスチャンスをととらえるかによります。例えば、電池やデバイスなどの特定の領域では、中国企業との連携もありますが、弊社は米国法に則った事業活動を行っているため、慎重に対応する必要があります。研究開発拠点は中国国内に残るケースが多いですが、調達や生産拠点は東南アジアへ移行する傾向があります。弊社もこの流れを見極めながら、適切に事業戦略を立てています。