経営者インタビュー
経営者に聞く「東芝アジア・パシフィック社 橋本和俊マネージング・ディレクター」トップインタビュー

中国での経験を経て築き上げた深い絆
ー 橋本様のご経歴について詳しくお聞かせください。1992年に東芝に入社されたと伺いましたが、それ以降のキャリアについて教えていただけますか?
橋本氏: はい。私は転職をしたことはなく、2023年に現在の役職についた際も、社内異動のような形でした。長年にわたり半導体関連の仕事に従事し、2023年以降はそれ以外の業務にも関わるようになりました。
武藤: 中国赴任時も半導体関連の仕事が中心だったのでしょうか?
橋本氏: そうですね。半導体のマーケティング業務で中国に赴任しました。現地での仕事はほぼ中国語が必要で、そこで初めて「自分は全く役に立たないのではないか」と痛感しました。
この経験が、仕事に対する考え方を大きく変えるきっかけとなりました。若い頃は記憶力、判断力、身体能力のピークで、どんなことにも対応できると思っていました。しかし、環境が変わると何もできなくなる自分に直面し、「どうすればいいのか」と考えざるを得ませんでした。
先輩方に相談すると、「まずは中国語でコミュニケーションを取れるようになることが大切だ」と助言を受けました。そこから、人に仕事をしてもらうにはどうすればいいのかを考えるようになり、この経験がその後のキャリアにも大きな影響を与えました。
武藤: 中国語の勉強もされていたのでしょうか?
橋本氏: 多少は勉強しましたが、「もっと早く学んでおけばよかった」と後悔することもあります。
駐在時には、先輩から「駐在員は最終的に中国と日本の架け橋になるのが役目だ」と教えられました。帰国後も、両国を理解する人間として次の駐在員を支えることが求められました。この経験は、日本に戻ってからの仕事にも大きな影響を与えました。
武藤: 中国での人間関係についてはどのように感じましたか?
橋本氏: 中国の人間関係は非常にウェットで、日本以上に密接で情に厚いと感じました。私がシンガポールに赴任した際も、当時の取引先の方々が訪ねてきて、「中国企業はこれからこちらに生産をシフトするので、ぜひ話をしたい」と声をかけてくれました。
もちろん、どの国にも光と影の部分はありますが、中国の人々の人間関係の濃さには強く感銘を受けました。また、中国の小規模企業のトップの方々と話す機会が増えるにつれ、彼らの仕事に対する覚悟や迫力の違いを感じるようになりました。私はサラリーマンとして駐在していましたが、彼らは会社を背負い、人生を賭けて事業を行っています。その覚悟の違いに圧倒されることもありました。
武藤: 特に印象に残っているエピソードはありますか?
橋本氏: 忘れられないミーティングが二つあります。
一つ目は、新しい取引先となる北京の企業の方が上海の事務所に来られた際のことです。その方は日本語も英語も話せませんでしたが、突然立ち上がり、中国語で書かれた宣誓書のようなものを読み上げました。「これから共に仕事をするにあたり、全力を尽くします」という内容で、その光景は非常に衝撃的で、今でも忘れられません。
二つ目は、南京の取引先の方とのエピソードです。その方は、とある会社でエンジニアトップを務めた後、独立して新会社を設立しました。しかし、独立直後は取引先がほとんどなく、苦労されたそうです。その際、私たちの上海事務所だけが「取引をしましょう」と手を差し伸べたそうです。その恩を忘れられないと、何度も私ではなく周囲の人々に語っていました。
その方とは、その後、黄山(中国の五岳の一つ)に一緒に登る機会がありました。南京からランドクルーザーで4時間かけて移動し、命がけで山を登り、一泊しました。山の頂上に着いた時、その方がリュックから2本の白酒を取り出し、「これを飲むために山に登ったんだ」と言いました。驚きましたが、それほどの絆を築けたことに感動しました。
南京には、日本人が持つ歴史的なイメージがあるかもしれませんが、実際に接すると、心から信頼できる人々がいると実感しました。しかし、こうした経験はなかなか伝わりにくいですね。社内でも知る人が少ない話ですが、私にとっては非常に印象的な出来事でした。
「面白き こともなき世を 面白く」
ー 様々な経験やリレーションを積まれてきた中で、橋本様がお仕事をする上で大切にされている信念や価値観についてお聞かせください。
橋本氏: テーマをいただいて、自分にとって何が大切なのかを改めて考えました。私は会社の中で半期ごとにキックオフ会議を開いており、その際に自分の考えを伝えるようにしています。今期は、私が大好きな高杉晋作の辞世の句「面白き こともなき世を 面白く」を紹介しました。この言葉が特に好きで、苦しい時や静まり返った会議の場でも、雰囲気を明るくしたり、状況を変えたりすることができたらいいなと思っています。
また、私はゴルフが好きなのですが、特に天気が良い日はとても気持ちがいいものです。ただ、極寒の強風の中でプレーするゴルフは、多くの人にとっては嫌なものかもしれません。しかし、私はそういう状況こそ楽しめるようにしたいと考えています。逆境になればなるほど燃える闘魂といいますか、困難な状況を乗り越えること自体を楽しんでやりたいのです。ネガティブに捉えず、前向きに取り組む姿勢が大切だと思っています。
これまで皆さんも、人生を揺るがすほどのピンチを経験されたことがあると思いますが、そういう時こそ気持ちを奮い立たせることが重要ではないでしょうか。ゴルフでも、逆境の中でこそ差がつきやすいものです。例えば、全英オープンでは気温5度で雨が降るような厳しい環境の時には、トップと下位のスコアの差が大きく開きます。しかし、天候が良い時はスコアの差がそれほど開かないものです。
このような厳しい環境を「面白い」と感じ、自分なりに楽しんで取り組むことが、私の仕事のスタイルなのかもしれません。
武藤: では、ご趣味はゴルフでしょうか?
橋本氏: 趣味ですか。自分で言うのも変ですが、かなり多趣味だと思っています。ただ、最近考えてみると、根本にあるのは「ひたむきな姿に心を打たれること」なのかもしれません。
それが趣味と言えるかは分かりませんが、一生懸命に何かに打ち込む姿を見ると、心が洗われるような気持ちになります。例えば、将棋の藤井聡太さんが二日間の対局でひたすら考え抜く姿を見ると、それだけで涙が出そうになります。
将棋に限らず、オリンピックなどでも、様々な競技を観戦し、ひたむきに頑張る選手が努力を重ねた末に見せる瞬間には心を打たれます。そういった瞬間に感情を抑えられず、全身からアドレナリンが出るような感覚を覚えます。特に、その背景を知れば知るほど、感動の深さが変わってくると思います。
どちらかというと、そういったアスリートや努力を重ねる人を応援するミーハーですね。
趣味を一言で言うなら「ミーハー」という感じでしょうか。
内藤: 天候などの環境によってパフォーマンスに差が出ることをどのように捉えていますか?例えば、逆境を楽しめるプレーヤーと、環境が悪くなると諦めてしまうプレーヤーでは、大きな違いがあるものなのでしょうか?
橋本氏: ゴルフでは、その人の性格が如実に表れると思います。プレースタイルにも個性が出ますよね。
ゴルフの場合、その目的にもよると思います。懇親の場であれば、雨が降れば「今日はやめておきましょう」となるかもしれません。しかし、負けられない勝負の場では、天候に関係なく挑まなければなりません。
例えば、「勝負に挑め」と求められた際には、プライドをかけて戦います。天気が良くても悪くても、勝負は勝負。一打一打に集中し、最善を尽くすスタンスです。特に劣悪な環境ほど、私は燃えます。「ありがたいな」とすら思うこともあります。ただし、もちろん懇親の場では良い天気を願いますけどね。また、同じスコア100でも、晴天の100と大雨の中の100では価値が違います。その違いを楽しむことも、ゴルフの醍醐味だと思っています。
内藤: 不確実な環境の中での取り組み方について、先ほどの「面白き こともなき世を 面白く」という言葉にも通じるかと思いますが、外部環境が変化し、しかも自分ではコントロールできない状況下での対応について、どのように考えていますか?
橋本氏: できれば、逆境を楽しめるようになりたいですね。これを言うと、不謹慎だと思われるかもしれませんが、私はそうありたいと願っています。
「人と、地球の、明日のために。」
ー 最後にメッセージなどございましたらお願いいたします。
橋本氏: 私たちの会社には「人と、地球の、明日のために。」という経営理念があります。会社が経営危機に陥ったことがあり、その際、従業員アンケートを実施し、「私たちの会社の理念は何にすべきか」を問いかけました。その結果、圧倒的な支持を得たのが「人と、地球の、明日のために。」という言葉でした。これは、私自身もそうですが、社員一人ひとりがこの理念に共感し、自分たちの仕事がその理念に沿った形で貢献できることを心から願っている証だと思っています。
だからこそ、私はこの会社に長く携わり続けているのです。
武藤:貴重なお話をありがとうございました。
取材日:2025年1月22日
※インタビュー記事に記載の内容や、登場人物の所属・肩書は、インタビュー時点での情報です。